2017年01月09日

韓国の売春婦教の御神体に帽子やらマフラーやら着せている画像ありますよね?めっちゃキンモ〜なんですけど〜〜

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以前カラス様からお勧めの動画を紹介されていました。

延び延びとなりましたが、ここで紹介させて頂きます。

忙しい信者にお勧めの動画です。10分以下で見れます。
(リンクの貼り付けがわからないので、検索してください)

某国のイージス 「新非韓3原則」
カズヤチャンネル 「隣国を知ろう」
竹田恒泰 「韓国」 「恩を仇で返すのが韓国の流儀」

この動画は、リアルです。某国のイージス:
「在韓米軍家族の脱出、ソウルから沖縄に非難訓練!北の侵攻に対処」アメリカ人は、米軍が助ける。



カラス様有り難うございました。

さて、本文です。

朝鮮人はどうして、日本の兵隊さんにくっついて行った慰安婦を慰安婦教と化し、売春婦像を御神体としマフラーとか、帽子とか着せて拝んでいるのか不思議です。

どうやら、御神体は寒い所にいると風邪でも引くご様子なのです。

体温も無いのに、只の銅像なのに、着物を着せたり帽子かぶせたり、マフラー付けさせたりして哀れさを誘う演出が空々しく被害者を一層強調させるためだけのものなのです。

この御神体には政府でさえ手出しできないのです。

何とも無双の御神体があったものです。

統一教会の御写真や御聖体よりも破壊力は抜群です。(笑)

それにしても、ムカつくし腹立たしいのです。

29230508.jpeg
黄色いマフラーをつけてご満悦なご神体。

309e17c6.jpg
御神体にサンタの帽子?宗派が違うんじゃない?

これって、めっちゃキンモ〜〜なんですよね。

それにしても、どうしてこの像の顔ってこんなにブサイクなんでしょうかねえ?

平均的な朝鮮人の顔だから^^;

と言えばそれまでなんですけど、この顔で朝鮮戦争時に韓国軍と在韓米軍や国連軍を相手にするために「第五補給品」としてドラム缶ような形の鉄製の桶に一人ずつ押し込めてトラックで移送して回り、自陣営兵士のために送り込まれたのでしょうか?


CH-PIJcUMAQ2qru.jpg
これが本来あるべき御神体。

この画像は、朝鮮戦争時の事ですが、朝鮮人の顔はみな似たり寄ったりだったのでしょう。

この事からも慰安婦像を「平和を象徴する少女像」なんて言う方がおかしいのです。

この顔が近付いて来てもダメですね。

幾ら戦時中と言っても、若い健常な男性だったとしても、体に変化は起きないと思います。(キッパリ)

そう友人に話したら…

「大丈夫だ、いざとなったら袋があるから…」と言ってそっと紙袋をさし出してくれました…。

慰安婦.gif
国連軍は紙袋持参だったのでしょうか?

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posted by 田黒吾寛 at 11:18| Comment(2) | 韓国・朝鮮人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月08日

『日本は我々と断交する気なのか?』と韓国が”板挟みで苦悩する”醜態を露呈。韓国政府はまともに対応できない

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少女像をめぐる問題、なぜこじれた? 日本の「超強硬措置」に驚く韓国メディア

韓国・釜山の日本総領事館前に市民団体が設置した少女像が、慰安婦問題の解決をうたった2015年末の日韓合意に違反するとして、日本政府は1月6日、駐韓大使の一時帰国や日韓通貨スワップ協議の中断などに踏み切った。

一夜明けた韓国メディアは、大統領の職務停止や世論への配慮で韓国政府が身動きの取れない中、日本側の措置を「超強硬措置」(ハンギョレなど)、「断交の一歩手前」(朝鮮日報)と驚き、外交当局が板挟みで苦悩する様子を伝えている。

■リーダー不在

2015年末の日韓合意の当事者だった朴槿恵大統領は弾劾訴追されて職務停止中で、主導的な役割を演じる人もいない。

国民日報は「少女像が追加で設置された以上、日本が『合意違反』と主張しても、反論する根拠が貧弱だ」と指摘し、日韓関係の維持と世論の板挟みになりながら、決断できる人がおらず局面を打開できない韓国外交の現状を描写している。

対立を収拾するには最高レベルの政治的決断が必要だが、黄教安・大統領権限代行の体制では不可能だ。(中略)思いがけず一撃をくらった韓国政府は対策に苦心している。合意が破棄されないよう日韓関係を管理するが、日本に引っ張られている様子も見せられない二重の難局に直面している。
「朴槿恵政権は『進むも地獄、戻るも地獄』の窮地に陥った」とするハンギョレは、韓国政府の立場を以下のように分析している。

日韓合意を「着実に履行する」と宣言した手前、日本政府の圧力をまったく無視することは難しい。しかし昨年11月以降、韓国社会を主導している巨大な「ろうそくデモ」の世論を考えると「少女像を撤去せよ」という日本政府の圧力を受け入れることは不可能に近い。日韓合意の基盤が崩壊する可能性もある重大局面だ。
■世論との板挟み

2015年末の日韓合意は韓国内で批判が強い。韓国ギャラップの2016年9月の世論調査では、ソウルの少女像の移転に反対する意見が76%に達した。日韓合意を「日本の謝罪と受け止める」は8%と、合意直後の2016年1月から半減している。次期大統領選の有力候補とみられている人々は、日韓合意の破棄や追加交渉を訴えている。

少女像を設置した市民団体に近いハンギョレは別の記事で、釜山の少女像設置に至った世論の反発を「日本自らが招いた事態」と批判した。日韓合意後に、安倍晋三首相自身の謝罪発言や元慰安婦への手紙など、韓国側からの要請を安倍首相が拒絶してきたためと指摘している。

逆に保守系の朝鮮日報は社説で、次期大統領選の有力候補と目される民主党の文在寅氏が、日韓合意の破棄を主張したことを「(学生・市民)運動の考えから一歩も抜け出ていない」と批判した。

日本とは同じ自由と民主主義の価値を共有し、深い経済・民間交流を結ぶと同時に、過去の歴史問題で対立を抱えている複合的な関係だ。「親日対反日」のような単細胞な視点で見ると、冷静で綿密・周到な日本人との関係をまともに築けない。(中略)実際に可能かどうかも疑問だが、もし実行されれば今後、国際社会で韓国の大義名分と立場がどうなるかも説明しなければならない。すぐにアメリカが「韓国はまたゴールポストを動かす」と非難するだろう。
そもそも日韓合意が韓国に不利だったとの意見も。京郷新聞は、ソウルの日本大使館前に設置された少女像の撤去を「適切に解決されるよう努力する」とした合意によって、政府が関与できない民間の行為まで含まれてしまったという「外交消息筋」の指摘を掲載。「日本との交渉を通じて、国民が理解できるレベルの追加措置を受けなければ、解決は難しい」という、匿名の専門家のコメントを紹介している。
http://www.huffingtonpost.jp/2017/01/06/busan-comfort-women_n_14015460.html


タイトルは、『日本は我々と断交する気なのか?』と書きましたが、大使を引き揚げさせたって事は既に事実上の日韓断交状態なのです。

力も無いくせに一寸おどかすとビビりまくりの朝鮮人に一体何が出来ると言うのでしょうか?

釜山や大使館前の売春婦像は撤去はされないと思います。

何故なら、朴大統領が事実上の執務停止状態でトップが居ない状態なのです。ですから、大統領代行での決断は国民が許さないでしょう。もし判断を下したらそれこそ国技を発揮してロウソクデモが再開される事になるでしょう。

ですから、日本政府は撤去されるとは思っていないと思います。

では、どこに大使館引き上げの狙いがあるかと言うと、世界に向って日本は約束を護っている。韓国は約束を反故にした。これを喧伝させるのが狙いなのではないかと思います。

つまり、世界が韓国を約束を護らない国と認定させることと、日本が被害者になることが狙いなのではないかと思います。

今までは、韓国が軍隊にくっついて兵隊さんで商売をしていた売春婦を、従軍慰安婦なる言葉を用いて更に性奴隷とまでほざいて日本はなんてひどい国なんだ!!と世界に向って被害者意識で叫んでいました。

所が、これからは違います。これからは日本のターンなのです。

売春婦像がある限り、韓国は約束を守って無い、現に慰安婦像が撤去されて無いじゃないかとウイーン条約に違反しているじゃないかと世界に向って言えるのです。

通貨スワップにしても、シナとの通貨スワップも今年の10月に期限が迫っていて延長される見込みも有りません。何故なら、THAADミサイル配備でシナは相当怒っています。その報復をカンリュウスター?の出演規制とか行っていますのでその延長線上に通貨スワップ 打ち切りを行う見込みだそうです。

そうなると他の通貨スワップも韓国との中止を軒並み行っています。延長する国が無いのです。

そんな混乱の中で北親派が侵食してきて反日大統領が生れるのです。

そして、北朝鮮に飲み込まれるでしょう。時を置かずシナの属国となってしまうと言うのがシナのシナリオなのではないかと思います。

地球上に韓国と言う国が無くなるのです。滅びゆく韓国なのです。

そして、そのとき、統一教会はどうなるのでしょうか?

韓国が滅ぼうとしている時に日本に居て良いのですか?シナの属国となったら朝鮮民族は浄化されてしまうのですよ?

真っ先に韓鶴子やその息子娘孫曾孫は粛清されるでしょう。

キヨヒラの施設も没収されるでしょう。

当然、危機を感じて韓鶴子は国外に逃げるでしょうけど残された信者はシナの粛清の波に飲み込まれてしまうと思います。

これは決して妄想では無いのです。有りうる現実なのです。

出来れば無い方がいいのでしょうけど、シナの属国にならないためには即刻統一教会韓国人幹部は帰国して政界に働き掛けないといけません。

北親派に負けずロビー活動をして祖国を救う活動をして下さい。ホントのんびり日本で「デンドーガー」と日本人のケツ叩いている場合じゃないですよ。

でもまあ、それが出来ないのが朝鮮人です。弱いところにはとことん威張り、強いところには三跪九叩頭の礼(さんききゅうこうとうのれい)をもって媚びるこれが朝鮮人の特徴ですから。

もしかしたら、文鮮明もフリーメンソン幹部らに三跪九叩頭の礼(さんききゅうこうとうのれい)をしたのではないでしょうか。

幾ら自称メシアといっても李氏朝鮮時代の朝鮮人の血はそう簡単に抜ける物ではありません。

日本が36年統治して李氏朝鮮の悪習や悪制を直そうと世界に通じる国にしようと努力したにもかかわらず出来無かったのです。

李氏朝鮮の500年の重み伝統は自称メシアであっても抜ける物ではないのです。

ですから、典型的な朝鮮人文鮮明として見て行くと文鮮明のねらいも分かるし、その妻である韓鶴子のねらいも解って来ると思います。

ですから、信者は、統一教会のメシアの妻、韓鶴子として見るのではなく、李氏朝鮮時代のDNAを受け継いだ朝鮮人韓鶴子として見なければなりません。

よくよく眼を凝らしてしっかりと見るべきだと思います。

まあ、既に洗脳されてしまっている頭では思考は無理かもしれませんがそこは大和魂が呼び醒ましてくれるともいます。

頑張れ!!!日本信者!!!
posted by 田黒吾寛 at 12:02| Comment(4) | 韓国・朝鮮人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月05日

福島の仏像地蔵破壊のチョン被告の逮捕に 現地住民「日本人にできるかな、と思っていたけど、やっぱりね、という感じ。

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チョン被告は昨年11月上旬に羽田空港から入国し、福島県内に移動したことが分かっている。これまでの県警の調べに対し、「持参していたスマートフォンで、寺や神社を探し、狙った」「福島は(東日本大震災や原発事故などで)韓国で有名だから、福島を目指した」などと話しているという。

逮捕容疑は昨年12月9日夜、泉崎村の烏峠稲荷神社のキツネの石像2体を壊した上、本殿に侵入し、キツネの木像をなどを壊すなどしたとしている。

同県内では昨年12月、福島市から白河市にかけて南北約80キロの範囲で寺や神社から仏像や地蔵像が壊されたとの被害届が相次ぎ、損壊数は少なくとも22カ所で119体に上っており、県警が関連を調べている。

また、昨年12月3日から同月5日にかけて、須賀川市の半径約1キロの範囲にある寺や共同墓地計5カ所で仏像などの損壊被害があり、周辺の防犯カメラには男の姿が映っていたという。県警では、男がチョン被告ではないかとみて調べを進めている。

捜査関係者によると、チョン被告は逮捕段階では容疑を認め、通訳を介した調べにも素直に応じている。一方で、「韓国大使館には知らせないでくれ」「家族にも連絡を取らないで」と話しているといい、実際に家族や親類縁者は訪ねてきていないという。

「家出同然だったのではないか」。ある捜査関係者は、チョン被告の行動をこう推測する。観光ビザで入国したチョン被告は、新幹線で福島を目指し、その後はほとんど徒歩で移動していたとみられる。しかも、ホテルなどの宿泊施設を使用した形跡はなく、ほとんどを屋外で過ごしていたとみられるという。逮捕時にキャッシュカードは持っていたものの、所持金はほとんどなく、リュックサックの中からは鉄パイプが見つかった。

そんな放浪のような移動の過程で、チョン被告はスマートフォンで寺や神社を検索。目にとまった神社などに侵入して、仏像や地蔵像を損壊していたとみられる。逮捕容疑以外は否認しており、はっきりとした動機は伝わってこないが、寺社仏閣での犯行態様や供述などから考えると、背景に反日感情のようなものはなかっただろうか。

平成27年の靖国神社の爆発音事件で、建造物侵入や火薬類取締法違反罪などに問われた韓国籍の男は昨年7月、東京地裁から懲役4年の実刑判決を受けた。その際、裁判官から「靖国神社で騒ぎを起こせばマスコミの関心を引けると考え、犯行を思い立った」と指摘されている。男は公判で「反日感情はなかった」としているが、捜査段階では「A級戦犯の合祀や首相の靖国参拝に不満があった」などと供述していたという。

韓国では景気低迷が深刻化し、若者の間で「ヘル朝鮮」(地獄のような朝鮮)という言葉が流行。靖国神社の事件でも、男は軍隊を除隊後、職に就けず車上生活をしていたことが分かっている。今回のチョン被告の場合は、どうだっただろうか。

被害のあった須賀川市の共同墓地の近くを歩いていた78歳の女性は「お地蔵さんの首を切って、その辺に置いておくなんて日本人にできるかな、と思っていたけど、やっぱりね、という感じ。私たちが大事にしているお地蔵様がこんな目に遭わされると、悲しいという言葉では言い表せません」と話した。
http://www.sankei.com/premium/news/170101/prm1701010093-n1.html
http://hosyusokuhou.jp/archives/48781827.html



福島の神社を荒し回っていたのは韓国人のチョン容疑者でした。

そもそもピザ無しで簡単に入国を許すからこんなことになるのです。

韓国・朝鮮人は敵国なのです。

下記にこれまで事件になった焼失神社のまとめを引用します。

■焼失神社 まとめ (2005年以降)
2005年05月05日 広島県宮島町 弥山頂上近くの大聖院 霊火堂から出火、山林約200!)焼ける
2005年06月18日 京都市 仁和寺宿舎で2日連続ボヤ ぞうきん50枚が焼ける

2006年04月24日 秋田県横手市 秋葉山神社が全焼 火災予防の神様
2006年09月13日 東広島市 西宮神社の神殿 全焼
2006年09月29日 三重県津市 清光寺でボヤ
2006年10月29日 静岡県富士市 立光寺の本堂・住居全焼
2006年11月15日 静岡県袋井市 可睡斎 奥の院不動明王堂が全焼
2006年12月25日 東京都西浅草 寿仙院の住居2F部分が焼失

2007年01月23日 名古屋市 神明社 社殿半焼
2007年02月25日 千葉県市川市 春日神社 賽銭ドロに失敗、転んでけが…腹いせに放火
2007年05月05日 兵庫県神戸市 良勝禅寺が全焼
2007年05月19日 高知市御畳瀬 西法寺が全焼
2007年06月26日 神奈川県川崎市 琴平神社 本殿と拝殿が全焼
2007年08月19日 静岡市葵区 浅間神社 一部焼失 88年93年にも同じ男が同じ神社に放火
2007年09月02日 京都市船岡山公園 テントに不審火 建勲神社の隣
2007年09月14日 京都市 建勲神社 境内にある義照稲荷神社の賽銭箱が燃える
2007年09月27日 広島市 被爆の“証人”、邇保姫神社が全焼
2007年10月16日 山梨県甲州市 清水寺 本堂全焼
2007年11月23日 富山市 光輪寺 全焼


2008年02月09日 埼玉県三郷市 香岩寺が全焼 木造阿弥陀如来立像も焼失
2008年03月16日 富山市 神明宮 全焼
2008年03月22日 山形県高畠町 金像寺 全焼  
2008年03月27日 埼玉県幸手市 八幡神社が全焼 犯人逮捕
2008年03月31日 石川県小松市 熊野神社 全焼
2008年03月31日 長崎県五島市 民家や大宝寺倉庫が全半焼 古文書や掛け軸も
2008年04月09日 滋賀県長浜市 日吉神社 本殿と拝殿が全焼
2008年04月22日 新潟県上越市 念妙寺が全焼 一人けが
2008年05月03日 岡山県津山市 八出天満宮が全焼、3キロ西の別の寺院でもボヤ
2008年05月07日 京都市 長楽寺から出火 30分で消火、仏像等は損傷無し
2008年05月08日 栃木県鹿沼市 戦没者慰霊の招魂社本殿・天満宮が全焼 山林200!)も焼ける
            鹿沼市白山神社も全焼 (2006〜7年には同市内の神社に連続放火3件)
2008年05月10日 福島県白河市 琴平神社 本殿拝殿全焼、周囲の杉の木も焦げる
            同市内の神社に3件不審火あり
2008年05月19日 大分県佐伯市 松崎神社が全焼 他、5件の放火容疑有り
2008年05月23日 大阪府吹田市 国重文の吉志部神社本殿 全焼  
2008年07月15日 秋田県鹿角市 常照寺全焼、虚空蔵菩薩は行方不明
2008年08月02日 岩手奥州市 雲際寺の本堂・位牌堂・住宅が全焼 義経を弔う寺
2008年08月14日 秋田県男鹿市 嶺徳院 本堂全焼
2008年08月14日 京都市 醍醐寺西国三十三観音霊場第11番札所・准胝観音堂 全焼
2008年09月09日 福島県白河市 矢越神社の本殿・拝殿が全焼
2008年10月17日 宮城県仙台市 寛行院の大日如来堂と住職の住居が全焼
2008年10月29日  〃       〃    本殿・神楽殿・神饌所全焼
2008年10月29日 福島県会津美里町 伊佐須美神社で火災 本殿などを全焼
2008年10月20日 岐阜県土岐市 久尻神社の弓道場「弦武館」から出火
2008年12月07日 愛媛県宇和島市 龍光院本堂から出火 八割近く焼失


2009年02月03日 神奈川県伊勢原市 高森神社 本殿・拝殿、八坂神社の本殿が全焼
2009年02月14日 岐阜県笠松町 無動寺の光得寺内の住職宅が全焼、住職の義母が死亡
2009年02月18日 奈良市大和田町 白龍神社が全焼
2009年02月23日 兵庫県姫路市 光久寺 重要有形文化財の本堂(護摩堂)が全焼、住職夫妻が火傷
2009年02月26日 神奈川県相模原市 石楯尾神社の休憩所・車庫が全焼
2009年03月12日 奈良県天理市 出雲建雄神社拝殿の格子戸など7箇所焼損
2009年03月26日 岐阜県大垣市 正林寺 本堂・庫裏が全焼 幕末の掛け軸、絹本着色十六善神図が焼失
2009年03月29日 神奈川県小田原市 赤沢観音堂が全焼

↑ ↑ 自民政権 ↑ ↑
↓ ↓ 民主政権 ↓ ↓

2010年04月23日 岐阜県揖斐川町 天聖大神社 神主の知人が放火、全焼
2010年09月01日 福島県会津坂下町 諏訪神社 本殿・拝殿・参集殿など全焼
2010年10月 埼玉県春日部市周辺で5箇所連続放火
 20日越谷市稲荷神社全焼
 21日春日部市谷原香取神社の本殿拝殿全焼
 25日春日部市稲荷神社床焦げ
 25日春日部市八坂神社本殿全焼
 25日春日部市備後須賀稲荷神社、拝殿全焼
2011年01月09日 神奈川県厚木市 浅間神社全焼 賽銭箱裏側から火
2011年03月15日 岐阜県大垣市 白鬚神社が全焼
2011年08月06日 千葉県成田市 宝徳寺観音堂 全焼
2011年09月18日 京都市 三縁寺の本堂全焼
2011年11月26日 静岡市 美濃輪稲荷神社が全焼 清水次郎長ゆかりの神社
2011年12月26日 東京都千代田区 靖国神社楼門の一部焼ける

2012年01月28日 千葉県八街市 皇産霊神社 本殿全焼
2012年01月28日 千葉県八街市 氷川神社 敷地内の公民館で出火
2012年02月03日 兵庫県姫路市 広峯神社 重文指定の本殿の屋根が焼ける 
2012年05月07日 山形県山形市 柏倉八幡神社 本殿・拝殿全焼
2012年12月09日 栃木県足利市 八雲神社、火災で本殿などが全焼
2012年12月17日 滋賀県米原市 一念寺本堂が全焼

↑ ↑ 民主政権 ↑ ↑

↓ ↓ 自民政権 ↓ ↓

2012年12月20日 和歌山市 満願寺本堂が全焼
2012年12月24日 岡山県 金山寺、国指定重要文化財の本堂全焼・木造阿弥陀如来坐像も焼失

2013年01月04日 京都市 愛染院敷地内住宅から出火、住職が死亡
2013年01月06日 福井県美浜町 西誓寺本堂が全焼、仏像を抱きながら住職が焼死
2013年01月13日 富山県魚津市 火の宮神社の社殿が全焼
2013年01月23日 和歌山市 普門寺の本堂全焼
2013年01月26日 福島県白川市 天神神社、本殿などが全焼
2013年02月11日 東京都八王子市 千代田稲荷大明神の拝殿が全焼
2013年03月07日 神奈川県座間市 栗原神社の神楽殿・民家2棟が全焼 米国籍15歳少年が放火
2013年04月01日 福島県飯舘村 山津見神社が全焼、一人の遺体が発見
2013年04月10日 熊本県玉名郡 片峯菅原神社の本殿・物置が全焼
2013年04月10日 東京都高尾市 千代田稲荷大明神の拝殿全焼 賽銭箱が空で逆上し放火、逮捕
2013年05月01日 東京都三鷹市 井の頭公園内の親之井稲荷尊神社から出火 放火の疑い
2013年05月15日 長野市 八幡神社 拝殿・神殿が全焼
2013年06月08日 新潟県魚沼市 四日町諏訪神社の本殿 全焼 雷が原因か
2013年06月08日 大阪府富田林市 正受寺と前住職の住宅が全焼
2013年07月07日 愛知県安城市 法蔵寺の一部が燃える
2013年07月22日 岩手県盛岡市 瀧源寺の本堂全焼、しだれカツラの葉が熱で変色
2013年08月02日  〃      〃  2度目の出火
2013年08月10日 愛媛県松山市 宝厳寺が全焼、国指定重要文化財「木造一遍上人立像」が不明
2013年09月11日 茨城県ひたちなか市 湫尾神社の本殿拝殿 全焼
2013年09月14日 茨城県ひたちなか市 金砂神社の本殿拝殿 全焼
2013年09月22日 愛媛県松山市 厳嶋神社 拝殿・神輿が全焼
2013年09月22日 靖国神社 トルエン持参の韓国人男が放火目的で侵入 テロレベル
2013年10月12日 神奈川県川崎市 「天照大神」本殿・神輿など全焼 例大祭の前日
2013年10月16日 福島県南相馬市 光慶寺、本堂と事務所全焼 震災避難区域 
2014年04月20日 神奈川県厚木市厚木町の厚木神社の神楽殿と敷地外の3階建てビル、
2階建ての民家2棟がほぼ全焼した。
14年05月01日 滋賀県甲良町 西明寺 油性スタンプによる汚損 天台宗寺院、金剛輪寺、百済寺でも 被害
14年05月02日 広島県福山市 大観寺 本堂と倉庫他400平方メートル 全焼
14年05月04日 京都市西京区 法輪寺 収蔵庫の鉄製扉や外壁、石像など12カ所にスプレーによる汚損
14年05月31日 滋賀県米原市 善楽寺 本堂、書院、庫裏 全焼
14年06月01日 さいたま市桜区 氷川神社 社務所 全焼
14年06月06日 佐賀県鳥栖市 姫古曽神社 拝殿・神殿 全焼
14年06月11日 東京都台東区 浅草寺 境内の地蔵菩薩像(子育て地蔵)3体破壊 サウジアラビア籍 モハマド・アブドゥラ・サード 逮捕 余罪有
14年07月15日 福岡県糸島市 志登神社 本殿、拝殿 全焼
14年07月28日 東京千代田区 神田明神 「不適切な絵馬は撤去」の表示
14年08月07日 愛媛県松山市 飯岡神社 本殿のしめ縄 不審火-消火
14年10月01日 北海道釧路市 市営墓地 29体の地蔵のうち8体 損壊
14年11月25日 長崎県対馬市 梅林寺 有形文化財「誕生仏」盗難 金相鎬など韓国人4人逮捕
14年11月27日 長崎県対馬市 博物館で仏像を一括管理検討
14年12月03日 栃木県栃木市 神倉神社 全焼
14年12月04日 栃木県栃木市 根渡神社 全焼
14年12月30日 群馬県高山神社 全焼
14年12月31日 東京都千代田区 靖国神社 一部

15年01月07日 富山県富山市 八幡社 全焼
15年01月10日 千葉県香取市 境宮神社 拝殿と本殿 全焼
15年01月11日 千葉県香取市 境宮神社 全焼
15年01月11日 岐阜県瑞穂市只越 神社名不明 火災
15年01月31日 高知県高知市 山内神社 社務所が半焼
15年02月04日 佐賀県佐賀市 無量寺 お堂に韓国国旗が掲げられる
15年02月06日 京都府向日市 向日神社 拝殿に「火事になれ」と落書き
15年02月11日 静岡県静岡市 山王寺 全焼
15年02月13日 大阪府出雲井町 枚岡神社の裏山 宗教法人徳成寺 ”地図にない廃神社”バラックに韓国人 不法占拠か?
15年02月17日 京都市東山区 高台寺 倉庫全焼
15年03月15日 滋賀県東近江市 安楽寺 本堂内の厨子の一部延焼
15年03月27日 千葉県市原市 玉前神社 全焼
15年03月31日 千葉県千葉市 圓福寺 本堂と木造の住居部 全焼
15年04月04日 京都市西京区 西芳寺(世界遺産) 阿弥陀如来像 盗難
15年04月05日 奈良県桜井市 長谷寺 木造十一面観音立像 液体の跡
15年04月07日 奈良県明日香村 二条城 国宝・二の丸御殿内で油の跡を20カ所発見
15年04月07日 奈良県明日香村 岡寺 仁王門(重文)本堂など7つの建物で油のような液体
15年04月07日 奈良県明日香村 橘寺 油のような液体
15年04月07日 奈良県明日香村 飛鳥寺 計4カ寺の重要文化財などで被害が相次ぐ
15年04月07日 奈良県明日香村 飛鳥坐神社 賽銭箱などの4カ所に油のような痕跡
15年04月08日 京都市西京区 西芳寺(世界文化遺産)茶室から阿弥陀如来坐像1体 盗難
15年04月08日 奈良県吉野町 金峯山寺(世界遺産)本堂外側の柱 木造蔵王権現立像(重文)など4カ所
15年04月08日 奈良県吉野町 東南院 油の被害
15年04月08日 奈良県橿原市 久米寺 本堂 金剛力士像 計10カ所に痕跡
15年04月09日 奈良県橿原市 橿原神宮(祭神 神武天皇)外拝殿の外壁など計7カ所 油の痕跡
15年04月09日 京都市南区 東寺(世界遺産)御影堂(国宝)灌頂院東門(重文)も同様の被害
15年04月09日 香川県琴平町 金刀比羅宮 旭社(重文) 油のような液体
15年04月09日 茨城県鹿嶋市 鹿島神宮 拝殿や奥宮(重文)10カ所に液体跡
15年04月09日 千葉県香取市 香取神宮 境内の重要文化財「楼門」の柱など十数か所に油のような液体しみ
15年04月10日 千葉県成田市 成田山新勝寺 三重塔など4つの重要文化財を含む12の建造物で液体がかけられる
15年04月10日 京都市左京区 狸谷山不動院 油のような液体
15年04月10日 静岡県三島市 三嶋大社 拝殿(重文)の柱に油のような液体
15年04月11日 奈良県奈良市 春日大社(世界遺産)南門(重文)の扉や柱に油のような液体 
15年04月11日 奈良県桜井市 普門院 不動堂の賽銭箱や畳などで被害
15年04月11日 奈良県櫻井市 唐招提寺 油のあと
15年04月13日 兵庫県姫路市 天台宗書写山円教寺 仁王門 柵の隙間に接着剤
15年04月15日 新潟県弥彦村 弥彦神社 拝殿など7カ所に油
15年04月23日 愛知県岩倉市 稲荷社 拝殿祠 全焼
15年04月25日 福岡市中央区 警固神社 今益稲荷神社キツネの石像4体すべてが破壊
15年04月25日 東京杉並区 白山神社 社の一部が焼ける
15年04月26日 大分県宇佐市 宇佐神宮(国宝)亀山神社のさい銭箱や木製扉、柱など約20カ所に 油のような液体 
15年04月27日 栃木県日光市 日光東照宮 奥宮拝殿 参道の階段 陽明門(国宝)の壁画 約20カ所に白い粉
15年04月27日 京都市東山区 清水寺(世界遺産)本堂(国宝)内西側の廊下に油のような液体
15年04月28日 山形県鶴岡市 善寳寺 油のような液体
15年04月29日 山形県鶴岡市 出羽三山神社 国宝羽黒山五重塔 羽黒山東照社 液体がまかれる
15年04月30日 京都市伏見区 伏見稲荷大社 稲荷山で火災
15年04月30日 茨城県ひたちなか市 勝倉神社 拝殿や外塀の屋根の銅板約240キロ 盗難 同様の被害 11件
15年05月01日 茨城県水戸市 春日香取神社 屋根の銅版65枚 盗難
15年05月01日 山形県寒河江市 慈恩寺 本堂(重文) 油のような液体
15年05月01日 山形県鶴岡市 出羽三山神社 羽黒山五重塔(国宝)油のような液体
15年05月01日 山形県山形市の立石寺 油のような液体
15年05月07日 千葉県鋸南町 鋸山にある日本寺 参道脇の聖徳太子の石像 破壊
15年05月08日 東京都港区 心光院 表門の柱と扉部分に油がかけられる 米国在住の帰化韓国人に逮捕状
15年05月12日 東京都新橋 烏森神社 火災
15年05月18日 東京港区 光明寺 納骨堂の床 油のような液体
15年06月03日  倉敷市下庄 宝福寺 車庫 全焼
15年07月26日 千葉市中央区 西千葉稲荷大明神 のぼりが焼かれる
15年07月22日 神戸市須磨区 那須神社 付近で火災
15年08月10日 香川県三木町 八坂神社 火災
15年09月05日 静岡県伊豆の国市 韮山反射炉(世界遺産)壁に複数落書きにハングル文字
15年10月10日 青森県上北郡 沼端稲荷神社 全焼
15年10月12日 千葉県松戸市 王子神社 本殿 全焼
15年10月25日 愛知県蒲郡市清田町 安楽寺(徳川家ゆかりの寺)本堂全焼
15年11月05日 青森県八戸市鮫町 蕪嶋神社 全焼
15年11月23日 東京都千代田区 靖国神社 敷地内の公衆トイレ 時限爆弾による爆破 一部焼損
15年10月12日 千葉県松戸市 王子神社 本殿 全焼
15年12月10日 福岡市中央区 金刀比羅神社 倉庫 一部焼損
15年12月17日 福岡市西区 白山神社 近くの森で火災
15年12月30日 三重県津市 八乳合神社 社務所、拝殿 全焼
15年12月31日 東京都東村山市 八坂神社 裏の民家 火災
15年12月31日 群馬県藤岡市藤岡 諏訪神社 近くで火災

16年01月07日 宮城県東松島市 新山神社 どんと祭の前日 本殿 全焼
16年03月05日 愛知県東浦町緒川 乾坤院 本堂など全焼
http://nezu621.blog7.fc2.com/?m2=res&no=2605&sp=1&page=1


上記の事件何件だと思いますか?

実に190件の事件なのです。

2005年から2016年までの実に11年間で190件の放火事件があっているのです。

その犯人は韓国人若しくは在日朝鮮人がほとんどなのです。

もし、国交断絶してこう言う輩が入国して来なかったら、神社火災など起きてはいなかったはずなのです。

そう考えると、安易に朝鮮人を入国させることは如何なものかと思います。

よくよく考えてみてください。

今日本の文化財が破壊され続けているのです。

そして日本の財産が急速に失われつつあるのです。

そのことを考えただけでも朝鮮人は日本人の敵として認定しても良いのではないでしょうか?

日本統一教会の朝鮮人幹部にこの神社焼失の件を聞いてみてください。

そして、この焼失の犯人が朝鮮人が多いと言う事をどう思っているのか尋ねてみてください。

きっと何も答えられないのではないでしょうか?

もしかしたら、神社はサタンだから破壊されて当然と思っているのかもしれません。

日本統一教会にいる朝鮮人幹部は、日本にやって来て日本でお世話になりながら、原理こうろんの再臨論の第二節イエスはいかに再臨されるかの(三)東方のその国は、すなわち韓国であるの(1)この国は蕩減復帰の民族的な基台を立てなければならないの箇所に記載されている部分ははっきりと捏造とデタラメの理論を日本人向けに講義しているのです。
それもこれも全て自虐史観を植え付けるためなのです。

(1)この国は蕩減復帰の民族的な基台を立てなければならない
の部分には何と書いてあるのでしょうか、見てみることにしましょう。

韓国民族も、第三イスラエル選民となり、天宙的なカナン復帰路程を出発するための「四十日サタン分立基台」を立てるためには、サタン側のある国家で、四十数に該当する年数の苦役を受けなければならないのであり、これがすなわち、日本帝国に属国とされ、迫害を受けた四十年期間であったのである。
 それでは韓国民族は、どのような経緯を経て、日本帝国のもとで四十年間の苦役を受けるようになったのであろうか。韓国に対する日本の帝国主義的侵略の手は、乙巳保護条約によって伸ばされた。すなわち一九〇五年に、日本の伊藤博文と当時の韓国学部大臣であった親日派李完用らによって、韓国の外交権一切を日本帝国の外務省に一任する条約が成立した。そうして、日本は韓国にその統監(のちの総督)をおき、必要な地域ごとに理事官をおいて、一切の内政に干渉することによって、日本は事実上韓国から政治、外交、経済などすべての主要部門の権利を剥奪したのであるが、これがすなわち乙巳保護条約であった。
 西暦一九一〇年、日本が強制的に韓国を合併した後には、韓国民族の自由を完全に剥奪し、数多くの愛国者を投獄、虐殺し、甚だしくは、皇宮に侵入して王妃を虐殺するなど、残虐無道な行為をほしいままにし、一九一九年三月一日韓国独立運動のときには、全国至る所で多数の良民を殺戮した。
 さらに、一九二三年に発生した日本の関東大震災のときには、根も葉もない謀略をもって東京に居住していた無辜の韓国人たちを数知れず虐殺したのであった。一方、数多くの韓国人たちは日本の圧政に耐えることができず、肥沃な故国の山河を日本人に明け渡し、自由を求めて荒漠たる満州の広野に移民し、臥薪嘗胆の試練を経て、祖国の解放に尽力したのであった。日本軍は、このような韓国民族の多くの村落を探索しては、老人から幼児に至るまで全住民を一つの建物の中に監禁して放火し、皆殺しにした。日本はこのような圧政を帝国が滅亡する日まで続けたのであった。このように、三・一独立運動で、あるいは満州広野で倒れた民衆は主としてキリスト教信徒たちであったのであり、さらに帝国末期にはキリスト教信徒に神社参拝を強要し、これに応じない数多くの信徒を投獄、または虐殺した。それだけではなく、八・一五解放直前の日本帝国主義の韓国キリスト教弾圧政策は、実に極悪非道なものであった。しかし、日本の天皇が第二次大戦において敗戦を宣言することによって韓国民族は、ついにその軛から解放されたのである。
原理講論 再臨論(1)この国は蕩減復帰の民族的な基台を立てなければならないより引用
http://www.unification.net/japanese/dp73/dp73-2-6.html#dp-ch6-3


赤文字部分はまるっきり嘘なのです。

別ブログの引用ですが、日韓併合時代の真実にはこう書いてあります。

親から聞かされた「日本人は親切だった」
 日本には今日、悲しい風説が飛び交い、それによって多くの人々が惑わされています。たとえば、
 「日本はかつて朝鮮を侵略し、朝鮮の人たちを弾圧し、虐待し、搾取し、ひどいことをした」
 といった類の風説です。学校でも習ったでしょう。あたかも事実であるかのように。
 日本は悪者だ、と教え込まれてきたのです。しかし、こうした主張が本当なのか、それとも事実とは違うのか、私たちは、当時の実体験を持つ長老たちに聞かなければなりません。
 韓国人の女性で、呉善花(お・そんふぁ)さんというかたがいます。日韓関係についてたくさんの本を書いているかたですが、彼女は小さい頃、親の世代から「日本人はとても親切な人たちだった」と聞かされていました。
 ところが、学校に入学すると、先生から、「日本人は韓国人にひどいことをした」と教わって、すさまじいばかりの反日教育を受けたのです。それでいつしか、学校で教えられるままに、「日本人は韓国人にひどいことをした」という認識が、彼女の中で常識となっていました。
 彼女はその後日本に渡って、日本で生活するようになりました。すると、かつて親から教えられた「日本人はとても親切な人たちだった」という言葉が、再びよみがえってきたのです。
中略

日本統治下の朝鮮を体験した人々の証言

 たとえば阿部元俊さんは、大正九年、三歳のときに朝鮮に渡り、そこで学生時代を過ごした人です。文字通り、日本統治下の朝鮮を体験したのですが、彼はこう言っています。
 「私が朝鮮にいたころ、日本人による朝鮮人いじめの話は、噂としてもまず聞いたことがありません。とくに、ソウル郊外の水原にいたころは、日本人が少ないからと珍しがられて、地域の人たちはみな親切にしてくれていましたしね。
 少なくとも水原では、私の知る限り、日本人と朝鮮人とが衝突したとか、喧嘩したとか、何かのトラブルがあったといった話は聞いたことがありません。……ソウルでもそうでした。……学校では、
 『ここは朝鮮だ、我々は他人の国によそからやって来て住んでいる。朝鮮人と喧嘩したり、朝鮮人をいじめたりは絶対にしてはいけない』
 と盛んに言われていましたし、親からも厳しくそう言われていました。……
 私の父は医者で、貧困な農民たちの治療に励んでいましたが、それで病原菌をもらってしまいまして、腸チフスと赤痢にかかってしまいました。父が病院を辞めるときには、多くの朝鮮人が家にやって来て、『どうか辞めないで、ここにいてください』と泣いて別れを惜しんでいました。……
 戦後、日本に帰ってから、朝鮮に住んでいた日本人は朝鮮人をさかんに苦しめたという言葉を、当然のようにぶつけられましたが、自分の体験からすると、いったいそれはどういうことなのか、どう考えてもわかりません。
 喧嘩ということだけでなくて、問題になるようないじめとか、差別とか、一般生活者の間ではほとんどなかったということを、私は自分自身の実体験から自信をもって言うことができます」

 このように阿部さんは、一般庶民のレベルでは朝鮮人と日本人は仲良くやっていたと、証言しています。今日、韓国の学校教育では、
 「日帝は、全国いたるところで韓民族に対する徹底的な弾圧と搾取を行ない、支配体制の確立に力を注いだ」
 「日帝の弾圧に苦しめられたわが韓民族は、光復(戦後の解放)を得るまでの間、植民地政策に対して自主救国運動を展開した」
 等と教えられています。このようなことを教えられると、日本人はまるで朝鮮でヤクザのようにふるまい、日本人は朝鮮人を虐待し、両者は至る所で非常に仲が悪かったような感じですね。しかし、実際に朝鮮における日本統治時代を体験した人々に聞くと、まったく違う様子だったのです。

 たとえば、生まれも育ちも朝鮮の新義州(今日の北朝鮮北部)という林健一さんも、こう語っています。
 「日本人による朝鮮人差別ということは、まったくありませんでした。学校で生徒同士は完全に対等で、上級生の朝鮮人が下級生の日本人を呼び寄せて、『お前は服装がなっていない』とか説教することなんかがたびたびありましたね。……
 朝鮮を出て、日本の内地に行きたいとも思いませんでした。朝鮮の人々はよかったですし、私も居心地がよかったですから。……骨をどこに埋めるかと聞かれれば、『朝鮮』と答えたものです」

 また、日本統治下のソウルで青春時代を過ごした吉田多江さんは、こう語ります。
 「近所の子どもたちともよく遊びました。私は朝鮮の女の子たちの長く束ねた髪の毛がうらやましくて、私がさわりたいと言うと、よく触らせてくれました。……何の区別もなくつき合っていました。……
 仲のよかった思い出がいっぱいで、朝鮮人と日本人の間でいじめたりいじめられたりといったことは、本当に見たことも聞いたこともありません。……朝鮮はとても治安がよくて、日本人を襲う泥棒や強盗の話など聞いたこともありません。……横暴なふるまいなど一切ありませんでした。
 戦後になって日本に送還されるときも、家財道具を盗られるなんてこともなく、こちらから知り合いの人たちにあげましたし、彼らはみな喜んで感謝の礼を表してくれました。こんな素晴らしいことって、あるでしょうか。世界に誇れることだと思います。……
 創氏改名(日本人名を名乗ること)を強制的にさせたとも言われますが、私のまわりの朝鮮人はみな終戦までずっと朝鮮名のままでした。
 戦後の韓国で言われてきた歴史には、あまりに嘘が多いと思います。……私はソウルで生まれ、成年になるまでソウルで生きてきましたが、日本人と韓国人が基本的に仲良く生きてきたことは、双方の民族にとって誇るべきことだと思っています」

http://www2.biglobe.ne.jp/remnant/rekishi02.htm


これが真実なのです。
原理講論にかいてあるようなことを日本は、キリスト教徒に神社参拝を強要したことも無く、投獄、虐殺もしていません。さらに、韓国キリスト教弾圧などやってもいません。

更に言うならば、「満州広野で倒れた民衆は主としてキリスト教信徒たちであった」これって、もしかして金九が香港で作った臨時韓国政府に認められず国軍でもないような、抗日運動家の事を指して記述しているのでしょうか?
たしかに韓国復光軍なるものは存在したようですが…。
それでも、世界に軍としても認められず、戦闘にも参加せずに終ったお笑い軍隊モドキを指して行っているのでしょうか?

こう言うデタラメを日本に居ながら日本人を洗脳しているのです。

このことと、神社焼失は関係ないと思われるでしょうが、そうじゃないと思います。

元々統一教会も、朝鮮人も神社を忌禁扱いしているのです。

かつて、統一教会関連団体が靖国神社で震災慰霊祭を行おうとしたことがあります。

統一教会関連団体が靖国神社で震災犠牲者慰霊祭を開催予定、靖国神社に挨拶を依頼するも断られる?

これもすべて見せかけなのです。

日本人は、統一教会信者であっても神社にはお参りするでしょう。

ですが、朝鮮人幹部はどうでしょうか?

行くでしょうか?それも靖国に…。

はっきりと言います。

朝鮮人は敵国なのです。

なので統一教会や、朝鮮系ウリスト教、そして在日を日本から駆逐しない限り日本は滅亡の一途を辿ること子になるのです。

統一教会員の夢は天宙復帰?天国実現?

それって、何処の国にとって天国なのでしょう?

それって、誰が得する制度なのでしょう?

それって、平等を叫んで平等どころか差別が激しい共産主義に似ていませんか?

神様中心だからそんなの事にはならない?

ですが、その骨子を作製するのは朝鮮人ですよね?

後は分かると思います。

ですから、日本をめちゃめちゃにして滅ぼそうとする輩を、一日も早く在日朝鮮人を、統一教会幹部を日本から追放しないといけません。

そして、美しい伝統ある大和魂の溢れる日本をとりもどさないといけないと思います。

皇紀2677年続いた日本の歴史です。これからも神様を中心としてではなく、当然韓鶴子を中心としてではなく、天皇陛下を中心として永遠に続く日本でありたいと願っております。
posted by 田黒吾寛 at 09:17| Comment(0) | 韓国・朝鮮人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月29日

【呉善花】日本はこれ以上韓国に深入りしないほうが賢明

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日本に帰化した呉善花女史は再三再四日本に向って「日本はこれ以上韓国に深入りしないほうが賢明」と警告しています。

呉善花女史の引用が少し長いです。

2014.12.29 15:00

呉善花氏「韓国を哀れまず、助けない方が良い」(12月9日、和歌山で開催)

 和歌山市内で12月9日に開かれた和歌山「正論」懇話会の第78回講演会。講師を務めた拓殖大国際学部教授の呉善花(オ・ソンファ)氏は「日韓問題のブラックホール〜こんなに違う二つの国」をテーマに、韓国人と日本人の価値観の違いや、今後の韓国とのつきあい方などについて解説した。講演要旨は次の通り。


■記者を起訴…「世界でありえぬ。話し合い妥協する発想、韓国人に無い」

 韓国人の考え方は、理解不能の状態に陥っているのではないでしょうか。「理解し合い、仲良くしていくべき、話し合いをすべき」というのは日本人の考え方。しかし、いくらがんばって仲良くしようとしてもうまくいかない。

 「理解し合うべき」ということは、現実には極めて無責任な声。日韓、日中には隣国という関係を越えた問題が潜んでいる。

 日本と朝鮮半島は似ているところが多いため、「錯覚」にも陥りやすい関係にある。日本の常識、情緒のあり方でそのまま当てはめれば通じるに違いない、と。しかし、明らかに異文化、別民族であるということを前提につき合わなければいけない。そこに注目しないと、なぜこれほど理解できないのかという問題への解決策が見えてこない。

 今、一番問題となっているのは、産経新聞の加藤達也前ソウル支局長が朴槿恵(パク・クネ)大統領への名誉毀損(きそん)で訴えられただけでなく、裁判にまでなっていることだ。大統領であれ、首相であれ、ぎりぎりのところまで批判されても仕方ない存在。公人の中の公人で、プライバシーはない。

 国民が立ち上がって批判しなければ、その国は潰れてしまう。その一番先端に立っているのがマスコミだ。マスコミはぎりぎりのところまで書く資格があるが、名誉毀損で訴えられた。世界ではありえないことだ。

 この問題はこれからもっと大きくなり、朴大統領は自分の首を絞める結果になる。国民自身が批判しなければならないが、多くの人が批判できていない。

 日韓の間には情緒的な面で、まるで理解できないという大きなブラックホールがある。命のはかなさを感じる日本人の「もののあわれ」に対して、韓国人は「恨(ハン)」の民族。人に対する恨みだけではなく、自分に足りない物に対し完璧さを求めて嘆く。

 これが、韓国人がとても好きな情緒。「私にとって、足りない物があってはいけない」。花にしても「ずっと満開でなければならないのに、枯れ葉が私の花をしおれさせている。葉を誰かが落としてしまっている。何かのせいだ」と嘆く。

■“日帝”支配も“沈没船”も同じ…「私は正しい…誰かのせいだ!」

 あのセウォル号の事故では愛する人に死なれ、「私はこんなに正しく、善い生き方をしているのになぜ苦しめるのか。これは誰かのせいだ」と考える。

 日本人は、あそこまで嘆いて人のせいにすることを理解できないと思うが、韓国人にとっては、嘆かないと人情がないといわれてしまう。だから日本人が「過去のことを水に流しましょう」と言うと、「なぜ辛いことを水に流すことができるのか。恐ろしい民族」となってしまう。

 日本と朝鮮民族というのは、情緒的に本当に合わない。朝鮮半島はさまざまなところから攻められてきた。日本は一度も異民族の支配を受けたことがない。だから、日本人は話し合いをすれば人間は通じ合えるという気持ちがとても強い。

 しかし、朝鮮半島や中国人にとっては、他民族ほど恐ろしいものはない。話し合いをすればどこかで妥協できるという発想は、韓国人にはない。水に流す発想もない。それを前提に韓国とつき合うべきだ。

 当面の間は、日本は安易に韓国を哀れんで助けたりしない方がいい。助けてしまうと、ずっと今のような関係の繰り返しになる。韓国が本当に落ち込むところまで落ち込んで、自力で立ち直ることでしか、新しい道は開かれない。

http://www.sankei.com/west/news/141229/wst1412290003-n1.html


2015年03月09日に発売された別冊 正論(第23号)

呉善花「反日」という「バカの壁」からの脱出

反日への入り口

 私の幼い頃、母は戦前に父と共に日本で働いた時分の思い出をなつかしみながら、日本人への親しみを込めてしばしば語ってくれた。1960年前後のことである。私が育ったのは済州島の海村だったが、村の人で日本をことさらに悪くいう人はいなかった。村の祭りになると、私はしばしば、ムーダン(巫女)のおばさんの勧めで、母に教わったいくつかの日本語の単語を大人の前で披露してみせた。いつも拍手喝采で、ムーダンのおばさんからきまって、「よく知っているね、偉い子だね」と頭を撫でられたものである。

 それが小学校に入り、学年を重ねていくにつれて、「日本人はいかに韓国人にひどいことをしたか」と教えられていくことになる。教室の黒板の上には、真ん中に大統領の写真が掲げられ、その両脇に「反共」「反日」と大きく書かれたポスターが貼ってある。反共の「共」はそのまま北朝鮮を指し、いかに北朝鮮が邪悪で恐ろしい国なのかを教わり、その一方で日本人がいかに韓国人に対して悪いことをしたかを教わる。

 ずっと後、日本に来て知り合いになった台湾人留学生に、「こんな教育を受ければ、どんな人でも必ず反日感情をもつ」というと、「そんなことはないでしょう」という。「なぜか」と聞くと、「学校ではすさまじい反日教育を受けた一方、家庭や地域で聞くのは大部分がその反対のことばかりだったからだ」という。

 私の場合はそうではなかった。家へ帰って学校で教わったそのままに「日本人てひどい人たちなのだ」といったことを語ると、父も母も無言で応じたり、適当にあいづちを打つばかりだった。村の大人たちにしても、大方はそんなふうであった。私はそれが不満で、「お父さん、お母さんや村の大人たちは、学歴の低い田舎者だから、何もわかっていないんだ」と思うようになっていった。
田舎のおばさん、おじさんたちほど、反日意識が弱いのは、彼らには学がなく無知であるからだ、といういい方は一般的にもよくされていた。高い教育を受けた者ほど反日意識が高いというのが常識だった。私も、勉強をすればするほど次第に反日意識を強くもたねば、という気持ちにもなっていく。

私は、小学校高学年あたりから、そのことで大きく迷った。

 母から聞いた日本は、叔父さんたちが住んでいて、ミカンがたわわに実り、泥棒する人もいない、しかもお風呂が普段に入れて、人は親切だという日本だった。その国の言葉をいってみせると、大人たちは「いい子だ」と拍手さえしてくれた。なぜそうなのか。「大人たちはみんな無学な田舎者なんだ。ほんとうの日本がどういう国かということを教わってこなかったんだ。だから、何もわかっていないんだ」と、きっばり意識チェンジをしていった。

私は学校教育を通して、それまで知らなかった新しい世界の見方を知ったと思った。旧世代の韓国人、旧時代の韓国との別れだった。私たち立派な知識を身に付けた新世代韓国人が、これからの新しい韓国を建設するんだ。しだいにそういう意識が芽生え、私のなかから急速に日本への親しい感情が消え去っていった。

情緒教育としての反日教育

 授業を通して、父母たちの世代は土地を収奪された、日本語教育を強制された、独立を主張して殺害された、拷問を受けた、強制徴用されたと知らされていく毎に心にやってくるのは、自分自身の身を汚されたかのような、いいようのない屈辱感であり、そこから湧き起こる「決して許せない」「この恨みは決して忘れてはならない」という、ほとんど生理的な反応といえる怒りであった。

 当時の教科書の内容は詳しく覚えていないが、基本は現在のものと大差はない。現在の国定教科書では、「[侵略戦争を遂行するために]日帝はわれわれの物的・人的資源を略奪する一方、わが民族と民族文化を抹殺する政策を実施した」として、それを「日帝の民族抹殺計画」と名付けている(「中学校国史教科書」1997年初版)。「民族抹殺」という言葉が情緒を強く刺激する。

日本が開設した普通学校(小学校)の朝鮮語
授業で使われた『朝鮮語読本』

 「日帝の民族抹殺計画」として挙げられているのは、内鮮一体・皇国臣民化の名の下に、韓国人を日本人にして韓民族をなくそうとした、韓国語を禁じ日本語の使用を強要した、韓国の歴史の教育を禁じた、日本式の姓と名の使用を強要した、各地に神社を建てさせ参拝させた、子供にまで「皇国臣民の誓詞」を覚えさせた、というものだ。しかし、そう列挙されているだけで具体的な内容は一切書かれていない。「高等学校国史教科書」も同じことである。そのため、強く刺激された情緒が知識の媒介をほとんど受けることなく、身体にストレートに浸透するのである。

 小学校でも同様に、日本によって民族が蹂躙された、奴隷のように扱われた、人間の尊厳に大きな傷を受けたといった形で反日教育が教室のなかで行なわれている。幼い時期はより多感なものだから、「ひどすぎる」「絶対に許せない」という思いで心がいっぱいになる。

 もちろんそれは人ごとではないからだ。同じ血を分けた韓国人であり、お父さん、お母さん、お祖父さん、お祖母さんたちのことだから、自分がやられたのと同じ気持ちになってくる。我が身を切り裂かれるような辛く苦しい気持ちになり、激しい怒りがこみあげてくる。そうか、日本人はそんなに「侵略的で野蛮な民族的資質」をもつ者たちかと、心から軽蔑していくことになる。

 これは歴史教育ではなく明らかな情緒教育である。歴史認識以前に、反日情緒・反日心情をしっかり持つことが目指されているのである。

侮日教育としての反日教育

 一九六〇年代のことだが、小学校では「反共ボスター」をよく描かされた。私たちが描く「反共ボスター」の絵柄の多くは、「鬼のような形相をした金日成が韓国を蹂躙する姿」だった。いかに北朝鮮が怖い国かを描くことに力を入れたと思う。

 私は全斗煥政権時代の1983年に来日するまで、金日成の写真も映像も見たことがなかった。客観的な情報もいっさい知らされていなかった。自分が受けた教育からイメージした北朝鮮は、「悪の権化の金日成を頂点に諸悪を凝り固めてつくった国家」であり、人間らしい気持ちをもって生きる者が一人として存在しない世界であった。金日成の姿は絵でしか知らされることがなく、その絵たるやいかにも凶暴な悪魔のように描かれていた。私が日本で金日成の写真を初めて見て、「なんてハンサムで穏和な顔をしているのだろうか」と思ったものである。

 「反日ポスター」も描かされたが、そのモチーフは北朝鮮のように「恐怖」ではなく、いかに日本は侮蔑すべき国かという「侮日」にあったと思う。日本はどれほど卑しく野蛮な国か、韓国はどれほど尊く文化的な国かといったところに力を入れていたように思う。それでも、当時の私たちが描いた「反日ポスター」は、現在のものほど下劣ではなかった。子供もなりに「愛国者」として持つべき品位が心されていたと思う。

 2005年6月、仁川市の地下鉄キュルヒョン駅構内で、地元の小中学生による「獨島(竹島)問題」をテーマにしたポスター展があった。子供たちのポスターは百枚以上貼られていたと思うが、それらを見て私は心から驚いた。獨島問題がテーマなのに、大部分がテーマを大きくはみだしている。悲しくなるほどの下品な絵や言葉で日本を貶め、日本人を侮蔑するものばかりだった。

 たとえば、ウサギが日本に糞をしている絵柄があった。韓国は国土の形からウサギになぞらえられているのだが、そのポスターでは中国・韓国・日本をカバーする地図が描いてあって、韓国の上に立ったウサギが中国の方に顔を向け、お尻を日本に向け、お尻から日本列島の形をした糞を出している。

 そのほか、子供たちが日の丸を取り囲んで踏みにじっている絵、日の丸が描かれたトイレットペーパーを燃やしている絵、日本列島を火あぶりの刑に処している絵、「嘘つき民族日本人」を犬小屋で飼っている絵、核ミサイルを韓国から日本へ撃ち込んでいる絵など、まるで日本は交戦国であるかのようだ。絵に付された言葉も、「日本の奴らは皆殺す」「日本列島を火の海にしたいのか」「日本というゴミ、捨てられる日はいつなのか」など、「なんでもあり」なのだ。

 これら「反日ポスター」からわかることは、昔も今も韓国の小中学校では反日というより侮日教育をしているまぎれもない事実である。

 韓国の教育界は、小学生のときからこうした教育を受けさせることで、伝統的な侮日観をしっかり身につけさせていこうとしている。これによって、相手が日本人であれば、その言動は「倫理・道徳にもとろうとも構わない」という意識が植え付けられていく。

 韓国の著名な小説家・翻訳家の李(イ)潤(ユン)基(ギ)氏も新聞コラムで、韓国では「相手が日本人ならば、ちょっとやそっとは無礼であっても構わない」が通念になっていると書いている(「日本人に対する礼儀」東亜日報2006年1月4日付)。いや、「ちょっとやそっと」どころではない。実際には「どんなに」無礼であっても構わないのである。

唯一の観点からの歴史教育

 歴史にはさまざまな観点があり得る―ことは、長い間私の意識のなかにはなかった。歴史には一つの見方しかないと思っていた。こういうと、お前はいったい何を勉強してきたのかといわれそうだが、日本に来るまでは正直にいってそうだった。

土地調査事業で詳細に
作成された新土地台帳
と旧来のおおざっぱな
台帳(朝鮮総督府臨時
土地調査局編『朝鮮土
地調査事業報告書追
録』大正8)

 そういう私は、韓国人のなかで例外的な存在だったのではない。一般の韓国人ならばほとんどがそう思っているのと同じように、私もまた歴史には一つの見方しかないと思っていたのである。なぜかと思い返してみるほどに、韓国の学校歴史教育を受けてきたから、というほかにどんな理由もないと思える。

 韓国の歴史教科書は、日本の歴史教科書とはその記述方法がまったく異なっている。反日教育といっても多様な面があるのだが、日本統治下での土地問題がどんなふうに教えられているかを例に挙げてみたい。

 韓国の生徒たちが学んでいくのは、朝鮮総督府が統治にあたって行なった土地制度の近代化を目的とする、土地の面積、所有関係、使用状況などに関する土地調査事業についての史実なのではない。

公有地管理がずさんで
農民などが長年無断占
拠した「駅屯土」も土地調
査で所有権が明確化し、
改めて小作申請を求め
た。手続きが理解できず
小作できない農民が続
出した(同)

 私が学んだ教科書でもそうだったが、最近の教科書でも「日帝は土地を奪うために…」という文言から書き始められている。日本統治下での土地問題を学ぶにあたって、生徒たちが最初に頭に入れなくてはいけないのは、「土地調査事業は日帝が土地を奪うために行なったものである」と意味づけられた一つの観点である。その上で、次から「現実の諸関係はどうだったか」を見ていく、という流れになる。

 生徒たちが学ぶのは何よりもそうした一つの観点なのである。つまり、歴史についての「唯一の正しい観点」を学ぶことが、韓国では歴史を学ぶことである。そして、その観点から歴史的なさまざまな物事を理解していこうということになる。ようするに、生徒たちはその唯一の観点に立って、そこから足を踏み外すことなく、歴史的な物事のあり方、性格、推移などを位置づけていく力を養いなさい,ということになる。

 そういうわけだから、その唯一の観点とは別の観点で歴史を見ていくことは、歴史に対する見方の踏み外しだということになる。個々の歴史事象については、その学び取った観点から光を当てることによってだけ意味をもつものとなる。したがって、「土地所有を近代的に整理する」という朝鮮総督府の政策は、「土地を奪うための口実」として意味づけられることになる。

 「日帝は土地を奪うため」が土地調査事業の真意なら、その「収奪」はとてつもなく過酷なものでなくては意味をなさなくなってくる。そうであれば、朝鮮総督府の資料に基づいて知られる「朝鮮総督府が接収した農地は全耕作地の3%」という数字は余りにも少なすぎるため、とうてい採用することはできない。採用すれば観点そのものが崩れてしまう。

 そこで教科書では「40%の土地を奪った」とするのである。この数字の根拠は不明で,「日帝は土地を奪うため」という観点との整合性をもたせるための数字だというしかない。数字の出所や計算方法は、教科書ではまったく示されていない。

民族主義教育としての反日教育

 反日教育は反日民族主義教育として本格化される。その第一の前提におかれるのが、「生来の野蛮で侵略的な資質をもった日本民族」である。この日本民族の性格は、日韓関係の歴史を次のようにとらえる歴史観から導き出されるものだ。

 韓国は文化も何もなかった時代の日本に、儒教・仏教・技術をはじめとする高度な文化を伝えてあげた。にもかかわらず日本はその恩を忘れ、古代には「神功皇后による三韓征伐」や「任那日本府(日本による朝鮮の植民地)」があったなどの捏造記事を国史に記載し、中世には豊臣秀吉による朝鮮侵略が行なわれ、近世末には国学者らにより韓国征伐論が唱導され、明治初期には政府内に征韓論が火を噴き、韓国の江華島に砲撃を加えて戦争を仕かけ、明治末に韓国を併合して36年にわたる暴力的な支配を行なった―。

 このように歴史を連続させ、この流れを一連のものとみなして、その根本的な原因を「日本民族の野蛮で侵略的な資質」に求めるのが、韓国の反日民族主義史観である。これが反日教育の柱となる。

 日本民族というのは、そもそもからして野蛮な侵略者だったという考えが、なぜ出てくるかというと、古くからの朝鮮半島諸国には、日本を蔑視していた歴史があるからである。なぜ日本を軽蔑したかというと、朝鮮半島諸国が奉じた中華世界では、華夷秩序(かいちつじょ)が正しく善なる世界システムだからにほかならない。

 世界の秩序は「文明の中心=中華」と「その周辺の感化・訓育すべき対象としての侵略的で野蛮な夷族」で構成される、というのが華夷秩序の基本的な世界観である。中華世界の中心にあった中国とその忠実な臣下だった歴史的な朝鮮半島諸国は、日本という国を千数百年にわたって、「その周辺の感化・訓育すべき対象としての侵略的で野蛮な夷族」とみなし続けてきた。韓国の日本観の根本にあるのは、こうした歴史的・伝統的な意識体験に由来する侮日観なのである。

 道徳的に優れた上の者が、道徳的に劣った下の者を、常に訓育・感化していかなくてはならないという儒教の考えが侮日観を形づくっていて、これが韓国の対日民族優越意識の根本にある。さらに韓国には、自らこそ中華の正統なる継承者であるという小中華主義の誇りから、潜在的なエスノセントリズム(自民族優越主義)がある。

 そのため、対日民族優越意識がいっそう強固になっているといってよい。竹島問題にしても、國神社をめぐる問題にしても、慰安婦問題にしても、我々が文化を与えてきた、本来は我々の下に立つべき日本人が、我々を下に見て、我々をばかにしていると、そういう感覚からの反発が第一となっている。

 そもそも民族主義とは、戦後に独立したアジアやアフリカ諸国の民族主義をみても、まずはエスノセントリズムから出発したといえるかと思う。かつての西洋にも、これを拡大した白人優越主義があった。我が民族は他民族に優越する優秀な民族だというエスノセントリズムは、民族国家の出発に際しては多かれ少なかれどこにもあったものだ。それを秘かに思っていようと、常に公言していようと、初期の民族主義成立にはそういう自民族優越主義の要素が不可欠だったと思う。

 しかし韓国の民族主義はそこから一歩も進まない。なぜかというと、民族主義の内容が反日と結びついた反日民族主義だからである。反日なくしては韓国の民族主義が成り立たない。反日の理念を核に国民国家の意識を形成してしまったのが韓国である。こんな国は他に例がない。

 結局のところ、韓国の反日民族主義の根は日本を蔑視してきた歴史にある。日本統治時代への恨みが反日の根拠となっているのではない。日本が韓国を統治したというのは、そういう蔑視すべき民族がもたらした結果であって、日本統治を原因として日本蔑視の反日民族主義が興ったのではないのである。

来日2、3年目にぶつかる壁

 学校教育で身に付いた、反日感情に裏打ちされた反日意識は、成長するに従い、社会的・国民的なコンセンサスとしてあること、韓国人ならば誰もがもつ常識であることを自覚する。異議・異論と一切出会うことがない社会環境で、疑問の余地なく韓国人としての自分のアイデンティティとなっていく。こうして私は、「反日心情・侮日観」と「唯一の正しい歴史認識・反日民族主義」の混合体を強固に抱えもつ、「新世代の韓国人」へと成長していった。

 私は小さい頃から、島から半島へ、半島から世界(欧米)へという志向が人一倍強かった。男尊女卑の強い韓国社会を脱して世界に羽ばたきたかった。そこでアメリカへ留学したいと思ったが、当時の韓国ではアメリカのビザ取得はきわめて困難だった。そのため、まず何人かの親戚も生活する日本へ留学し、日本を足場にアメリカへ渡ろうと思った。三十数年ほど前のことである。

 日本へ留学する数カ月前、たまたま機会があって、韓国のキリスト教教会の関係で、日本の老人ホーム慰問団の一員として初来日を果たした。1982年12月から翌年の1月にかけての短い期間だったが、そのときに私が体験した日本は、韓国にいるときにイメージしていた日本とはまるで違っていた。

 日帝時代を頑迷に反省しない日本人―決して許してはならないと強く思っていた私は、どこへ行っても優しく親切な日本人に触れて、大きく肩透かしをくった感じがした。わずかに触れた日本の生活風習も、私にはとても好感のもてるものだった。

 駆け足での体験とはいえ、滞在した一カ月の間、悪い印象はまったくなかったことは大きなショックだった。きわめて驚くべきことであった。

イスラム過激派に拉致・殺害された邦人男性の父親は取材を受け「皆さまにご迷惑をおかけしました」とまず詫びた。この冷静な態度を称賛したり、理解しがたいとしたりする声が韓国で上がった

私がはじめて知った日本は、そのようにとても印象のよいものだった。反日意識に変わりはないが、「これなら、それほど緊張することなくやっていけそうだ」という感じをもてた。いや、表面だけではわからないぞ、とも思うのだが、帰国した私は気を昂らせながら日本へ渡る留学手続きに奔走した。留学生ビザを手に日本にやって来たのは1983年7月のことだった。

 留学生として、また仕事関係で日本に長期滞在する場合、ほとんどの外国人、とくに韓国人や中国人は、来日1年目はとてもよい印象をもつものである。韓国人には多かれ少なかれ、日本人=未開人、野蛮な人たちというイメージがある。しかし、実際に日本人と付き合ってみると、誰もが親切で、優しくて、思いやりがあって、未開人的な、野蛮人的な日本人はどこにもいないではないか、日本はなんて素晴らしいのか、ということを誰もが感じる。なんといっても、日本は自然が美しい。そして、空気がきれい。しかも、治安がすこぶるよい。

 とくに反日意識が刺激されることもなく、こうした日本の良さを感じながら、最初の一年は楽しく過ごすことができるのが普通だ。

 しかし1年が過ぎて、もう一歩踏み込んだ付き合いをすることになる2年目、3年目になると、多くの韓国人は日本人がさっぱりわからなくなる。価値観が違うし、善悪の考え方も違う、日本人の精神性、メンタリティーがどうにも理解できないことになってしまう。人によって、程度の差はあるけれども、だいたい2年目、3年目で落ち込んでしまう。

 もはや日本人は人間ではないとまで思う人たちもいる。私もそう感じて深刻に落ち込んでしまった。同じ人間なのに、日本人はなぜこうなのか、日本は人間が住む社会ではないとまで私は落ち込んでしまった。日本人は我が国を貶めてきただけに、やはりおかしな人たちだったのだと思うようになっていく。

 実際には、本格的な異文化体験がはじまったということなのだが、異文化ゆえの異質性が、根にある反日意識と結びつき「人間としておかしい」といった感覚的な判断を生じさせてしまうのである。

 その典型を、日本に2年半滞在して韓国に戻った韓国人の女性ジャーナリストに見ることができる。彼女は、帰国して書いた本で「日本に学ぼうという声が高いけれども、日本のような国には絶対学んではいけない」、なぜかといえば、日本人は異常な人たちだからだ、というように書いている(田麗玉「日本はない」、日本語版「悲しい日本人」)。

 どんなことから、彼女は日本人は異常だというのか。たとえば彼女は、「日本人の割り勘は、その場限りで人間関係を清算しようとする冷たい心の現れだ」と書いている。

 ことごとくが、2年目、3年目でぶつかった、異文化ゆえの習慣の違いや価値観の違いに関わることなのである。それが反日意識と結びつくため、すべて日本人の「悪意の現れ」としてしまうのだ。私も2、3年で韓国へ戻っていたら、彼女と同じ考えのままだったと思う。

 そこには、自民族の文化を価値規準にして、他民族の文化、生活習慣、思考様式、行動形態などを、みっともない、不合理だ、間違っている、劣っているなどと否定する傲慢な態度がある。自文化の価値体系こそがどこよりも正当なものであり立派ものだと頭から信じられている。

 その弊害は、自分に都合のよい空想をもって現実を見ようとはしないさまざまな面に現れてくる。

「反日」という「バカの壁」

 韓国の「反日」は「反日心情・侮日観」と「唯一の正しい歴史認識・反日民族主義」の混合体である。そのように完成された一つの固定した考え、揺るぎのない考えである。

 一つの固定した考え、完成された考えにはその先がない、未来がない、そこが終局の地点となっている。だから相手の考えを耳に入れる余地がない。多角的な視点から物事を見て判断することができない。自分のいやな事、知りたくない事、興味のない事を無視しようとする。そういう相手には、いくら誠意をつくして話しても、わかってもらえることがない。なんとしても「話せばわかる」ことにはならないのである。

 ようするに「反日」は一つの硬直した固定観念であり、それが養老孟司氏がいうところの、自分の思考を限界づける「バカの壁」となっているのだ。そのため話が通じないのである。来日2年目、3年目にぶつかる壁が「バカの壁」だとは、誰も容易に気づくことができない。そこで私のように落ち込んだり、「日本人は人間ではない」とまで思うことになってしまうのだ。

大邱地下鉄放火事件で政府高官に食って掛かろうとして取り押さえられ
る遺族。韓国では事故や事件などで激しく取り乱す遺族が少なくない

 「反日」を脱するとは、この「バカの壁」を超えることにほかならない。簡単にいえば、柔軟に、多角的に、相対的に物事を見て判断する、といったことになるだろうが、これが韓国人には実に苦手なのである。

 たとえば、人は現実社会のなかで、家族関係、友人関係、先輩・後輩関係、集団関係など、さまざまの実際的な人間関係の体験を通して、自分なりの物事への対処の仕方を身につけていく、という考えがある。

 それに対して、人には本来的な人間のあるべき姿があって、これを目標に社会のなかでさまざまな物事を体験することによって、正しい物事への対処の仕方が自分のものになっていく、という考えがある。

 日本人の多くは前者のように考え、韓国人の多くは後者のように考えている。仮に前者を実際主義、後者を理念主義と呼べば、実際主義では「現実的な人間関係」が先にあり、理念主義では「理想的な人間像」が先にある。この「理想的な人間像」が「バカの壁」となっているのが韓国人である。

 また、多くの日本人は、善悪・正邪は相対的なものだという。しかし多くの韓国人にはどんな場合も変わることのない絶対的なものである。だから、善悪・正邪は時々で異なるものだといった日本人は「人間ではない」とまで思えてしまうのだ。

 倫理・道徳も韓国人にとっては相対的なものではない。人間ならば絶対に守らなくてはならない真理である。しかし多くの日本人は、倫理・道徳は大切ではあるけれど、それは「時・場所・場合」によるもので、普遍的にあてはめて説くべきものではない、倫理・道徳を説く理念は立派なものだが、それは第一に優先されるべきものではない、と考えている。韓国人の場合は、「倫理・道徳」は完璧で揺るぎのない「バカの壁」となり、自分自身の心を縛ってしまうのである。

 多数の韓国人が、来日2、3年でぶつかる壁を越えられない。だが、そこをなんとか乗り越えて、5年ぐらい居座っていると、異文化としての日本が見えてくる。だいたいは日本のよさが理解でき、日本が好きになっていく。私もそうだが、そういう韓国人が多いのは確かである。

 それでも「反日」だけは抱え続ける人もいる。そこでは反日意識と親日感が同居する。「公的(理念的・外面的)には反日、私的(実際的・内面的)には親日」というようになっていく。現在のように情報が自由に飛び交い、日韓交流が盛んな時代では、韓国に居ながらにして「公的には反日、私的には親日」という人が大部分といってよい。

 「反日」をひとたび棚上げにしさえすれば、韓国人の誰でも日本人と親密に付き合える。国交という面でいっても、かつての日韓関係でも日中関係でも、できる限りそう処して付き合おうとしていた時代があった。しかし、そのままではやがては限界がくる。現在の最悪ともいえる日韓関係が如実に物語っている。

物事への相対的な視線の大切さ

 知識人であればあるほど、「反日」から抜け出ることが難しいようだが、人それぞれの脱し方があると思う。私の場合を振り返ると、そこには大きく三つの契機があった。

 一つには、来日3年目で最も落ち込んでいた頃、「郷に入れば郷に従え」を徹底的に実践してみようと思い立ったことである。たとえば、日本人好みの渋みある茶碗。「あんなもののどこがそんなにいいのか」と蔑む気持ちがあった。そこで「韓国人好み」をひとまずカッコに入れて、そうした茶碗を次々に買い求めていくことにした。

 そのうち収集が趣味ともなって、大きな楽しみになっていった。習慣・価値観・美意識などを含めて、そうしたことをやっていった。直接「反日」とは関係ないが、先に述べた「日本人は人間としておかしい」という感じ方が崩れていく大きなきっかけとなった。

 二つには、日本人ビジネスマンに韓国語を教え、韓国人ホステスやビジネスマンに日本語を教える語学教師を数年間やったことである。そこでは、否(いや)が応でも日本人からは韓国人との行き違いの悩み、韓国人からは日本人との行き違いの悩みを、さんざんに聞かされるのである。

韓国人ホステスたちの悩みは、日本人の彼氏との悩みが多く、また結婚している人もいて、彼女たちは日本人家庭での嫁姑の問題で悩んでいる。日本人ビジネスマンの悩みは、会社を背負って韓国に仕事に行ったが、どうにも勝手が違うので交渉事がはかどらない、仕事の手順が合わない、といったものが中心だった。

聞けば聞くほど、私が悩んでいたことそのままである。嫁姑の問題やビジネスの問題を超えて、そこには共通の日韓の「行き違い問題」が伏在していることを知った。

韓国人は、自分の行動や思考をよしとする一方で、日本人をおかしな人たちと見ている。それにまったく匹敵する程度で、日本人も同じように韓国人をおかしな人たちと見ている。日本人と韓国人は、実に合わせ鏡のような相互関係にある。いや、あるというよりは、そこへと無意識のうちに落ち込むのである。

私が美しいと思えないものを、なぜ日本人は美しいと思うのか―。それは私のテーマであり、また私の語学教室の韓国人生徒たちの切実なテーマでもあった。

 韓国人ホステスたちと日本人ビジネスマンたちの時間の都合から、私は主に、昼は韓国人に日本語を、夕方からは日本人に韓国語を教えた。この行ったり来たりが、おそらくは日韓をめぐる物事への相対的な視線を養わせたのではないかと思う。

「反日」からの脱出

三つには、日韓ビジネスコンサルタント会社でアルバイトをしていた関係で、仕事で韓国とつながりをもつ人たちが行なっていた勉強会に参加したことだった。メンバーは、大企業の幹部社員、弁護士、弁理士など、そうそうたる第一線のビジネスマンたちだった。

勉強会では、まずはみなでそれぞれ自分の韓国での体験を話す。最初は一様に韓国のよさをほめている。しばらくすると、しだいに韓国の悪口が出はじめ、会のなかごろからはいっせいに韓国と韓国人への猛烈な批判が展開されるようになる。彼らの舌鋒は私の存在にまったく頓着することのない、実に厳しいものだった。もちろん歴史認識の問題についても、領土問題についても、國問題についてもである。

私はしだいに腹が立ってくる。しかし「感情むき出し」といわれる韓国人の弱点はみせまいと、必死にがまんをして、できるだけ冷静に反論するようにしていた。それでも時折、大声を張り上げて反撃することは少なくなかったと思う。

 現在からすればとても信じられないかも知れないが、私が日本にやって来た1980年代当時は、韓国に厳しいことをいう日本人はきわめて少なく、総督府の朝鮮統治についても、韓国の主張と真っ向からぶつかるような議論はそうそう見られなかった。日本の有力紙が、北朝鮮へのシンパシーを記事の中で示すのも珍しいことではなかった。朝鮮半島をめぐる言論環境は、当時と今とでは大きく違っていたのである。

そうした状況で、知韓派日本人から遠慮会釈もない徹底的な「韓国批判」を突きつけられることなど、あり得ない希有な体験だったと思う。よくあるように、彼らが「日本人は韓国人にひどいことをしたね」とばかりいう人たちだったなら、間違いなく今の私はなかったと思う。

 勉強会を通して、韓国では日本の朝鮮統治を、自民族に固有にふりかかった災難という観点だけでとらえ、人類史的なテーマとして植民地化の問題を追究する姿勢がまったく欠落していることを思い知らされた。欧米の研究者でも、日本の統治をおおむね「善政」とみなしている論者が大部分であることを知った。

 欧米人のなかにすら、日本の戦争を、アジア諸国の植民地からの解放と独立に一定の役割を果たしたと評価する考えがあることを知った。韓国にいた時分の私は、世界にこれほど多様な観点があることなど、思っても見なかったのである。

 この勉強会で私は、「これは真剣勝負なんだ」と自分自身にいい聞かせ、彼らと正面から向き合っていったと思う。その体験を通して、それまでの自分の歴史認識を見直していく方向への道が、しだいに開かれていったのは確かなことだった。

 私の体験はかなり特異かもしれない。しかも三十年を遡る時代のなかでの体験である。それでも「来日2、3年でぶつかる壁」は現在のものでもあり、この壁との激突の内に、反日からの脱出可能性が秘められていることは、示すことができたのではないかと思う。現在の日韓関係がぶつかっているのも、まさしくこれと同じ性質の壁なのである。

http://ironna.jp/article/1307?p=1

日本はこれ以上韓国に深入りしないほうが賢明

2016.12.11 16:00

 韓国の歴代大統領は悲惨な末路を辿り、朴槿恵(パククネ)政権も民衆の怒りで追い込まれ、条件付きの辞意を表明した。ジャーナリストの櫻井よしこ氏と拓殖大学教授の呉善花氏は朴政権スキャンダルの先にある「日本の危機」を指摘する。

 * * *
櫻井よしこ(以下、櫻井):韓国の歴代大統領は退任後、死刑判決や有罪判決を受けたり、自殺に追い込まれたりと、多くが悲惨な末路を迎えました。もちろん権力を利用して私腹を肥やしたにせよ、権力の座を下りたとたんに国民が手の甲を返す。これも韓国の民族性と関係があるのでしょうか?

呉善花(以下、呉):朝鮮王朝時代に取り入れた朱子学の影響で、若々しく輝いているものには従うけれど、廃れゆくものは穢れたものであり背を向けるという価値観が韓国人にはあります。死は穢れなので、亡くなった人が身につけていたものはすべて燃やします。日本のように形見分けという考え方はありません。

 歴史も同様で、前の政権のものはすべて壊してしまう。だから韓国には歴史的なものがあまり残っていないのです。高麗時代に栄えた仏教の遺跡も朝鮮王朝時代にことごとく破壊されて、発掘で出てくる仏像は壊されたものがほとんどです。


櫻井:中国の易姓革命によく似ていますね。新しくできた王朝が歴史も全部書き換えてしまう。

呉:そうです。金泳三(キムヨンサム)元大統領は日本的なものはすべて壊すということで、桜の木さえも「日本の匂いがする」という理由で伐採してしまいました。

櫻井:そうやって歴史の連続性が失われると、どこに立脚点を置くべきかがわからず、自分たちの未来を描けなくなってしまうのではないでしょうか。自分たちが何者なのかがわからない。それで韓国の人たちは本当に幸せなのかと疑問に思います。

呉:ですから韓国の人は韓国が嫌いなのです。2006年のアンケート調査では「生まれ変わっても韓国人として生まれたいですか?」との質問に「生まれたくない」と答えた人が67.8%もいました。日本の同様の調査では「日本に生まれてよかった」が94%ですから正反対です。

櫻井:世界は今、劇的な変化の時を迎えています。アメリカが内向きになり、トランプ新大統領はどの国が同盟国なのかの区別さえついていないように見えます。

 アメリカが後退した空白に付け入ってくるのが中国であり、ロシアです。私は、韓国は日本やアメリカの側に立たなければ健全な生き残りはできないと考えますが、盧武鉉大統領の元側近で北朝鮮シンパの文在寅(ムンジェイン)氏のような人を大統領に選んだら、韓国は本当になくなる可能性は高い。

呉:すでにその方向に動いていますね。文在寅氏は北朝鮮と一緒になって、日本やアメリカとは距離を置き、慰安婦問題や徴用工問題でさらに日本を激しく攻撃してくるでしょう。もちろんいずれも「虚構の物語」なのですが……。

 盧武鉉政権は、世界の中心は東アジアに移り、その中央にいる朝鮮民族が世界をリードしていくのだと言っていました。文在寅氏も同じように韓国人の民族主義を煽り、北朝鮮との融和・統一を図っていくと思われます。もちろん中国はその隙を逃さず、朝鮮半島全体を影響下に置こうとするでしょう。

櫻井:まさに日本にとっても最大の危機です。しかし日本がどう対応すればいいのか、できるのかというと、非常に難しいですね。

呉:いくら日本側が韓国に歩み寄っても、侮日に根ざした反日民族主義は変わることはありません。私は日本はこれ以上、韓国に深入りしないほうが賢明だと思います。



http://www.news-postseven.com/archives/20161211_474050.html?PAGE=1#container



呉善花氏は2014年、2015年、2016年と絶えず日本は韓国と関わらない方がいいと言って警鐘を鳴らしているのです。

私も同意します。

これ以上関わったら真綿をしめる様に日本が滅びの道をまっしぐらに進んでいるようにしか思えないのです。

そこで、天の助けか、次期大統領には反日バリバリの候補が乱立しています。

李在明、文在寅と反日極左が大統領になったら日本は嫌でも目覚めるのではないかと思います。

これで眼が覚めないなら日本はホントに終りなんじゃないかと思います。

日本が終わると言う事は即ち、天皇陛下が居なくなることを意味します。

連続して続いた皇紀2676年の日本の歴史がここで途切れてしまうのです。

そんな事は絶対にあってはならない事なのです。

お隣の国見たいに、歴史に連続性が無いのは、旧い物は穢れた物として認識するようなお国がらだと、歴史の連続性、伝統などあったもんじゃないと納得できるというものです。

そこで、統一教会も同様なのです。

これも韓国人の民族性と言うのでしょうか?

韓鶴子が文鮮明の死後になにをしたのか?

家庭明誓の一部の言い回しを変えたり、根本原理だっけ?それも無かった事になっていますし、なにより、文鮮明の功績を全否定するところから韓鶴子の総裁の仕事は始まっているのです。

そう考えると、韓鶴子も、生粋の朝鮮人だなと思います。

なので、日本が憎いの、反日鶴子に間違いありません。

そういう、日本が嫌い統一教会日本信者は1日も早く、韓国に行って生活するなり、伝道するなり、献身するなりしたらいいんじゃないかと思います。

兎に角、日本は日本人のための国なのです。
在日朝鮮人や、統一教会のための日本じゃないのです。

1日も早く統一教会が潰れる事を朝鮮人が日本から少しでも減る事を来年の願いとして初詣の時にお参りしておきたいと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

来年もよろしくお願いします。

posted by 田黒吾寛 at 00:26| Comment(2) | 韓国・朝鮮人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月27日

【韓国人のコメント】高校のときは、日本は朝鮮通信使に先進文物を学んだ未開の国だったが、明治維新でロトに当選して大国になったと学びましたが…

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15世紀に日本に派遣されて帰国した朝鮮人のレポート

バンダービルド

1428年12月、使臣として日本に派遣されて1429年12月に帰国した「朴瑞生」(正3品、大使のような役職)という人物が世宗大王にあげた「日本関連報告書」の中の一部内容。


1)水車を朝鮮は使用していないので、一行は原理を把握しようとしましたが、、日本の水車は水の落ちる力を活用して水車が自然に回るようにしていて、水を汲み上げて田畑に水を供給しています。

私たちの川は流れが弱いですが、日本のように水車を作り、足で踏んで水を吸い上げれば、釣n(桶)を使うよりも人の力を大幅に削減することができるでしょう。
日本の水車の様子を絵に描いてきたので、そのまま作って使用すればよいと思います。

2)私たちが綿布や穀物などで主に交易するのとは違って、日本では硬貨を一般的に使用しているため、遠くへ旅行に行く人も食料を持参せず、硬貨だけを腰につけて旅をしています。

また沿道には、旅行者が食べて寝ることのできる施設(旅館)が設置されていて、旅行者を客として迎えています。
宿屋の主人は旅行者から受け取った硬貨に対応する金額ぶんだけ、お客様に利便性を提供しています。
川沿いに住む住民たちは、船を互いにつないで橋を作っていて、橋を渡る人々からお金を取って生活費として使ったり、橋を補修する費用などにも使っています。

日本は、土地税から通行料に至るまで、すべてにおいて硬貨を使うことが習慣化され、定着していて、重い荷物を持参して長い道のりを移動する苦労をする必要がありません。

3)家ごとに風呂があったり、町ごとに銭湯があったりして、住民は銭湯を利用するときにお金を出して便利に利用しています。

私たちも、濟生院、惠民局などの医療機関や、人がたくさん通っている廣通橋と地方の診療所に風呂を設置すれば、人々の体もスッキリするし、お金を使う方法も学習できるので、良いと思います。

4)日本の商店街は、商人それぞれが自分の店に看板をかけ、棚を作り、その上に商品を陳列し、客は商品を確認し、簡単に選んで購入することができます。
陳列された商品は、お客様の身分の貴賤に関係なく、誰でも自由に買うことができます。

私たち朝鮮の市場は、乾いたものや濡れたものを区別せず、陳列もしておらず、魚や肉や野菜などすべてを地面にそのまま置いて売っていて、歩行者が商品の上に腰掛けたり、踏みつけて通過することもあります。
今後は鍾路から廣通橋までの店に陳列台を設置して、商品名を付けて配置することによって、どの棚にどの商品があるのか簡単に分かるように並べて、お客様が便利に商品を見て選んで買うことができるようにしなければなりません。

世宗46巻11年(1429年宣コ4年)12月3日乙亥


バンダービルド

引用ソース
https://www.chogabje.com/toron/toron22/view.asp?idx=&id=139649&table=TNTRCGJ&sub_table=TNTR01CGJ&cPage=1

韓国人のコメント


・福27810諭吉(ハンドルネーム)
日本の古い旅館…そして食文化、接待文化…貨幣流通レベル…天と地の差ですね。
高校のときは、日本は朝鮮通信使に先進文物を学んだ未開の国だったが、明治維新でロトに当選して大国になったと学びましたが…


*今も韓国人はそういう歴史を学び、大半の韓国人がそう信じて育ってますね。
韓国人の学ぶ歴史は、ものすごく単純にいえば、以下です。

@明治維新までは朝鮮が日本よりも先進国だった。
朝鮮は未開な日本にありとあらゆる先進的な文物を伝授してあげた。

A明治維新で日本は近代化していっきに強くなった。
すると日本は恩義のある朝鮮を侵略し、ありとあらゆるものを収奪した。

B敗戦後、日本は農業国になるはずだったが、朝鮮戦争のおかげで復活した。

「日本は、先進文化を与えてあげたウリナラに感謝し、そんなウリナラから収奪したことを謝罪し、敗戦後はウリナラのおかげで復活できたことを感謝すべきニダ」
http://oboega-01.blog.jp/archives/1063345109.html



この韓国人が高校時代何を学んだか良く解ると言うものです。

嘘の教育をされているのです。

「日本は朝鮮通信使に先進文物を学んだ未開の国だったが」なんてよくもまあ平気で言えると思います。

日本が、朝鮮通信使に学んだ?韓国人幹部もそう思っているのでしょうか?

こう言う嘘を信じ込まされている所は、統一教会の嘘の教えを信じ込まされている日本信者と通じる物があります。
韓国や、統一教会にとって教育とは、自分たちの都合のいい事を都合のいい様に捏造改竄、歪曲して教え込む事、そして、自分たちの意のままとなるように育て教える事なのでしょう。

そもそも韓国では、学校教育が反日の教育しているのですから、当然韓国人は日本を好きになる筈がないと思います。

それは、統一教会にいる韓国人幹部も同様です。

貴奴等は、日本に来るのは仕事として割り切っているのです。心では日本を愛するとか言いながら裏では、日本を貶し、そして日本で不正をおこない日本のお金で贅沢な暮しをしているのです。

日本にお世話になりながら、日本を嫌う日本人・反日日本人を育てているんです。

統一教会は、反日団体なのです。

決して、日本のためになる団体ではありません。

第一、勝共連合がデモする時、救国を叫びながら何故日章旗を、旭日旗を掲げて行進しないのでしょう?

日本を救うと言うのは見せかけなのです。

日本を滅ぼすことしか考えてないのが統一教会であり、勝共連合なのです。

決して騙されてはいけません。

 文鮮明は金九を金九博士、先生と敬称をつけて言っていました。

文鮮明のみ言葉集を読んだことのある方なら一度は目にした事があると思います。

金九とは、無罪の日本人を殺害した殺人者です。

そしてテロリストです。

そんな輩を先生と、博士と呼ぶ文鮮明は根っからの反日であり、骨の髄まで日本人が嫌いだったのだと言う事が良く解ります。

そういう反日の教育を受けた日本人が日本国内で育つ…。

それは末恐ろしいことだと思います。

このままじゃ、日本が200年後、300年後には地図上から消えてしまうのではないかと危惧するものです。

日本民族、大和民族は古より、2676年続いた伝統ある日本なのです。

その日本を、極左や、朝鮮人どもに好き勝手にされてはたまりません。

日本を愛し、日本国が日本人のための国であることを自覚し、日本の未来をかけて、朝鮮人や、シナ人、そして統一教会等の反日団体を一日も早く叩きだしましょう。
posted by 田黒吾寛 at 10:35| Comment(4) | 韓国・朝鮮人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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