2012年06月07日

かんご氏の実態。記事も目的のためなら平気で歪曲する歴史修正論者。

統一教会の信者でもないかんご氏。氏の記事には時々創価の話が出てくる。統一教会の信者でもないのに何ゆえ創価の話を持ち出すのかと思うのだが。

では引用しよう。

創価学会の戦い

1941年3月、「治安維持法」が改悪され「国家神道」による思想統制が強化。創価学会の座談会さえも特高警察の監視の下で行われるようになった。
この圧力に宗門は屈し、全国の末寺住職檀家に伊勢神宮遥拝を命じた。

しかし、創価学会創始者、牧口常三郎はこれに反発し、43年5月、遥拝のために配られた伊勢神宮大麻(お札)を拝むどころか、焼き捨ててしまった。牧口は「神道は邪教である」と叫ぶ。(神札事件)

 全国民が、軍国主義とアマテラスにひれ伏していた時代の話であった。信仰に支えられていたとは言え恐るべき精神力である。この時代、投獄されたクリスチャンは多くいたが、これほど明確に真実を述べる事ができた人間はいなかった。
かねてから、牧口を狙っていた特高思想警察は、牧口以下幹部数名を「不敬罪」で逮捕した。牧口は拷問を受け、敗戦を前に責め殺された。幹部達も次々と転んでいく中、しかし2代目会長となる戸田城聖ともう一人が信心を守り通した。
この3人による信仰は、戦後、創価学会が爆発的に広まる蕩減条件となったのでした。
統一教会の真実
神社は悪霊(魔)の住家だ・・・と日蓮は言ったより。
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-71.html

統一教会の信者でもないかんご氏が統一教会カテで何故創価の話をするのか疑問である。それに創価の広まる蕩減条件を書かれても統一教会に創価を押し付けているようにしか見えないのだが。

gout氏がコメントに下記のようなことを残されていた。

引用しよう。

牧口常三郎は戦争推進していた
伊勢神宮の大麻(神札)に対する不敬罪と治安維持法違反で逮捕された牧口の考え方は、特攻警察による取調記録(牧口常三郎尋問調書)などに明確に記録されており、牧口が大東亜戦争の指導理念として国家神道ではなく、法華経を据えることを主張していることなどが分かる。  
もちろん、その場合の指導理念とは、戦争勝利と戦争遂行のための指導理念である。要するに牧口は大東亜戦争に反対したのではなく「神道を戦争遂行の指導理念としたのでは戦争は負けるが、法華経を指導理念とするならば勝つ」と主張していたため、国家神道を中心に国民精神を総動員して戦意の昂揚をはかろうとしていた軍部政府と対立したがゆえに投獄されたというのが、牧口、戸田、野島、岩崎、本間、西川、難波英男、稲葉伊之助などの逮捕につながった創価教育学会幹部総逮捕の実態なのである。
こうした歴史的事実を隠ぺいし、あたかも牧口率いる創価教育学会が「侵略戦争に反対」した「反戦・平和の団体」であったかのように歴史を偽造する創価教育学会。
過去の歴史に不誠実なるものが、現在、そして未来に対して誠実であるはずのないことは、すでに歴史の証明するところである
http://22448866.seesaa.net/article/273015428.html#comment

更に調べてみると下記のような内容もあった。

(文中敬称略)
学会員が尊敬してやまない宗門離脱僧・松岡幹夫氏(創価大学卒)も「牧口常三郎の戦争観とその実践的展開」(*1)という論文の中で、以下の事実については認めていますね。

1)戦時下に出された牧口の諸論文には戦争協力的な表現がしばしばみられる
2)幹部に戦争肯定発言が目立つ(*2)
3)当時の学会行事の一部に好戦的な面があった
4)昭和戦時期において創価教育学会による反戦運動が展開されたことを示す資料は見当たらない


松岡論文はこうした事実を承認しつつもなお、「それをもって牧口個人が戦争協力的であったとは断定できない」としています。上記1)〜4)の事実を認めておきながら何をかいわんやでありますが、「学会は創立以来ずっと戦争に反対してきた」といった嘘を言っていない分、まだましと言えます。

参考:
(*1)松岡論文(東洋哲学研究所紀要第18号)5章あたりから読むといいでしょう。
   ttp://www.totetu.org/h/pdf/k018_022.pdf
(*2)「大善生活実証録(第五回総会報告)」〜創価教育学会〜
   ttp://www.butujoji.jp/hashaku/antiwar01.htm

かんご氏の記事とgout氏のコメント更に最後の記事と読み比べていただきたい。かんご氏は神道は邪教と書いてはいるが上記1〜4の内容については書いていない。

都合の悪い所は書かないわけだ。「都合の悪い所は書かない。」これをわれわれは歴史修正論者と言う。

gout氏は続けて引用している。

異流儀めざした牧口氏――獄死は「誹謗の罪」

さて、弾圧時の牧口氏の信仰の中身はどうであったかというと、ここに驚くべき資料が存在している。それは、逮捕後の牧口氏に対する特高警察の尋問調書である。その中で牧口氏は、

「私は正式の僧籍を持つことは嫌いであります。僧籍を得て寺を所有する事になれば、従って日蓮正宗の純教義的な形に嵌った行動しかできません。私の価値創造論をお寺に於いて宣伝説教する訳には参りませんので、私は矢張り在家の形で日蓮正宗の信仰理念に価値論を採入れた処に私の価値がある訳で、此に創価教育学会の特異性があるのであります」として、純然たる日蓮正宗の教義に沿った修行はしたくない(言い換えれば、日蓮正宗の教義を自分流に曲げていきたい、ということ)、また、日蓮正宗の信仰と価値論を結び付けるところにこそ学会の特異性がある、などと述べているのである
http://22448866.seesaa.net/article/273015428.html#comment

このこともかんご氏は書いていない。

今回は探し出すことは出来なかったがかんご氏も自信のサイトにコメントかなにかで統一教会に入らないのかと質問され時だと思うが「私が統一教会信者でないことが後になって重要な意味をもたらすのです。」と言う意味合いの事を述べていたように思う。探せなかったのでうろ覚えだがほぼ正解に近いと見ていいだろう。

上記の牧口氏の発言と非常に似通っているのだ。

つまり牧口氏流に言えばかんご氏は原理の教義を自分流に曲げていきたいと言うことであろう。


それゆえ610年という原理では言う所の数理性 3 4 7 8 12 21 30 40 43のどれにも当てはまらない数字を持ち出してきているのだ。

そもそも610と言う数字 61は原理で言う所の数字ではない。こじつけそのものである。かんご氏は言うだろう。「原理の応用だ。」と・・・。

結局 応用=自分流なのであろう。その目的は殊更神道を邪教扱いして神道をなくし牧口氏の代わりとして頂点に立ちたいのだろう。2013年以降はかんご氏は講演会をしていると明言している。

講演会を開催した場合事実上のかんご教の伝道集会なのであろう。

私の言葉は神から来ていると明言しているかんご氏。ニセ飯屋も失礼メシアも出てくる終末である。かんご氏の言葉に惑わされないようにしたいものだ。

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かんご氏に惑わされて人生を無駄に過ごしたくないものだ。自称日本人なのですから。

posted by 田黒吾寛 at 09:02| Comment(0) | ルーツの旅批判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月30日

推定年齢51歳。黒田かんご氏。堂々と捏造記事を書く男。

黒田かんご氏の統一教会の真実なるブログを見て驚いた。

引用しよう。

大日本帝国が国教とした国家神道は、間違った宗教だったので、その後、多くの天災と飢饉、不況が国を襲い、孤立と戦争を招いて、結局は滅んだのであった。
統一教会の真実
大日本帝国の間違い
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-829.html

だそうだがいったいだれがいつどこで国教とした国家神道としたのだ。

教えてもらいたいものだな。

日本の国教でクグってみたら下記のようなブログがあった。

全文引用しよう。

今回はあまり知られていない神道の歴史の話をしたい。

いま現在でも日本には、神道を受け付けない日本人が少なからずいる。とりわけ政治家、官僚、マスコミ、宗教人など日本を戦後、徹底的に腐らせた中枢の中に、「神道=悪」と考えている人間が多いのである。

 いかに神道が「言挙げせず」という物言わぬ教えであったとしても、普通の常識と良識を持った人間であれば、間違った歴史や知識の上に立った思想や考え方は早急に正すべきであろう。

 それでは、日本人たちが「神道=悪」と考えている最大の原因は何であろうか?

 それは2つの原因がある。1つは戦前の「国家神道」に対して、戦後の左翼人だけでなく、仏教者、マスコミ、官僚、教育者らが、すべて戦争の責任を神道に押しつけて逃げてきたという歴史的事実があるからである。

 とりわけ仏教者は、戦前は「敵国降伏」などを寺院で祈祷や呪詛を唱えて拝んだという歴史を、戦後になっても隠し通し、その責任すらまったく取っていない。このことについてはまた別の機会に詳しく述べるが、もう1つの理由は、日本人全体が「戦前は神道が日本の国教であった」と大きな誤解をしているからだ。

 結論から先にいうと、神道は明治維新から戦前まで、ただの一度たりとも「国教」になったことはなかった。 それはなぜわかるのか?明治維新の宗教史と教育史を紐解いてみれば、誰でも簡単にわかるのである。

 明治23年に井上毅という元勲が中心になって作られた、教育勅語はご存じの方も多いだろう。

 実は教育勅語の母体となる「幼学綱要」という教育制度の基本を明治5年に作った、元田永孚(もとだながざね)という人物がいた。彼は熊本・時習館という藩校の出身で、横井小楠らと同じく、儒学や朱子学を基本的教えとした「実学党」といわれる派閥の熊本藩士であった。維新後、大久保利通に引っ張り出され、明治天皇の侍講から枢密顧問官や宮内庁御用掛まで上り詰めたが、いわば明治期の「天皇の側近」であり、だ日本帝国憲法の「国憲案」(憲法案)を提出した政治家と呼べる人物である。

 その元田永孚は、元老院の国憲案でこう述べている。「皇帝ヲ尊親シ国教ヲ奉守シ国権ヲ確信スル」ー。

 つまり当時からあった信教の自由の考え方に対し、国教に妨害をなすことは禁じるとした。

 ところがこの「国教」とは何であったのか?それは実は元田永孚が学んだ「儒教(儒学)」のことだったのである。すなわち明治時代から第二次大戦まで、日本の国教は基本的に「儒学」であったのである。

 それではなぜ戦時中にあれほど頻繁に日本人が神社参拝をしたのか、という疑問が上がってくるだろう。

 その理由は、戦時中においては、この儒教や仏教ですら、もはや役に立たなくなっていたからだ。

 このことについてはまた別の機会に触れるが、日本は明治から大正、昭和、平成に至るまで、神道が「国教」となったことは一度もない、というのが歴史的事実なのである。

政治は日本のまつりごと 山村明義の神代のブログ
戦前の神道は日本の「国教」だったか?
http://ameblo.jp/kamiyononihon/entry-11238203097.html

村山明義氏によれば「日本は明治から大正、昭和、平成に至るまで、神道が「国教」となったことは一度もない、というのが歴史的事実なのである。」と書いていらっしゃる。

かんご氏は国家神道になった経緯には触れていない。

かんご氏もいい加減な事を言わないでもらいたい。

指示待ち思考の統一食口は騙せても世間様は騙せないのだ。これが捏造と言わずして歪曲と言わずしてでっち上げと言わずして歴史修正論者といわずしてなんであろう。

この手の手法はかんご氏が良く使う手法である。

つまり誰々の本にはこう書いてあると言いその内容を日本に当てはめて都合のいいように解釈する手法だ。
「大日本帝国の間違い」では

大日本帝国の間違い
それはどこにあったのか?
答えは日蓮の『立正安国論』のこの言葉にある。
「正しい宗教に奉じなければ、国に異常が生じ、やがて滅ぶのである」
統一教会の真実
大日本帝国の間違い
http://kurokango.blog50.fc2.com/blog-entry-829.html

と立正安国論の言葉を引用しているがこれが神道を指しているとは限らない。

WIKIにはこう書いてある。引用しよう。
日蓮は、『立正安国論』の中で、相次ぐ災害の原因は人々が正法である法華経を信じずに浄土宗などの邪法を信じていることにあるとして対立宗派を非難し、、法華経以外にも鎮護国家の聖典とされた金光明最勝王経なども引用しながら、このまま浄土宗などを放置すれば国内では内乱が起こり外国からは侵略を受けると唱え、逆に正法である法華経を中心とすれば(「立正」)国家も国民も安泰となる(「安国」)と主張したのである。
WIKI立正安国論より引用
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E6%AD%A3%E5%AE%89%E5%9B%BD%E8%AB%96

これの何処が国家神道と言っているのだ。教えてもらいたいものだな。

かんご氏は「相次ぐ災害の原因は人々が正法である法華経を信じずに浄土宗などの邪法を信じていることにある」事には触れていない。

この手法はかんご氏の教義でもある「民族のルーツを探す旅」にも如何なく用いられている。

引用しよう。

消えた10部族はその後どうなったのか?記録は何もないが、「申命記28/36」にはその行く末をこのように預言されている。

「主は、あなたをあなたの立てた王とともに、あなたも先祖も知らない国に行かせられる。あなたはそこで、木や石で造られた神々に仕えるようになる。」

と述べられた通り、その子孫達は遠い異国の地である日本にまで来て、木や石を御神体とする神々に仕えたのであった。
全国50万社の神社は「木や石」を「 御神体 ごしんたい 」として 祀 まつ っている。我々の先祖はその「木や石」を「神々」として仕え、これに礼拝し、祭りを執り行なって来たのであった。21世紀今日においても、「木や石の御神体」に年始には「 初詣 はつもうで 」と称して、たくさんの人々が礼拝している。
 まさに聖書の預言の通りである。
 このような国は日本をおいて他にはない。
第一章 民族のルーツをさがす旅
http://kurodakango.web.fc2.com/01.html

だそうだが申命記には続けてこうも書いてあるのだ。

「このもろもろののろいが、あなたに臨み、あなたを追い、ついに追いついて、あなたを滅ぼすであろう。これはあなたの神、主の声に聞き従わず、あなたに命じられた戒めと定めとを、あなたが守らなかったからである。」申命記28/45

申命記には28/36の後に「あなたを追い、ついに追いついて滅ぼすであろう。」と書いてあるのだ。

しかし今の日本はどうだろう。申命記から4000年ほどたっているがいまだに滅びては居ない。
寧ろ文先生からは「日本みたいな国が沢山出来たら天国はできる。」とまでおっしゃっているのをご存知ないのだろうか。

かんご氏はこの聖句については触れていない。

この現象をかんご氏はどう説明するのだ。教えてもらいたいものだな。

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かんご氏にはきちんと説明してもらいたいものだな。騙される食口にも問題があるのだが。しかし統一教会村で信者を惑わすブログこそかんご氏のブログではないだろうか。



posted by 田黒吾寛 at 16:44| Comment(0) | ルーツの旅批判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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