2013年05月14日

鶴子さん曰く、アメリカは恩を反さなければなりません。

鶴子さんは、アメリカは恩を返せと言っている。

また、文さんも日本の若者は先生に恩を返せと言っている。

勝手にやって来て勝手に活動して「先生はアメリカで仕事してあげているんだからありがたく思い恩を返せ」と言っているようにも見える。

とすると、神様も同じように思っているという事なのであろうか?

神様は、私は人類を作った、日本人を作った、アメリカを作った、ヨーロッパを作った、アフリカを作った、南米を作った、東南アジアを作ったなので以上の人類は恩を返さなければなりません」と言っているようなものであろう。

つまり、神様は人類に恩を着せ返してもらいたいと思っていると言うのであろうか?

神様は恩着せがましいのであろうか?

「神は愛なり」ではなかったのか?

神の愛は見返りを期待する愛だったのであろうか?

文さんと鶴子さんに日本人は恩を返せというならば、あえて言おう、

文さんとその末裔たちは日本名を使わせてあげて、日本留学させてあげ、早稲田に通わせてあげ、下宿先にも住まわせてあげ、バイトもさせてあげ、卒業させてあげ、鹿島建設にも就職させてあげた事に対して日本人に大恩を感じ、大恩を返さ無ければなりません」と。


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何故なら、文さんは日本に恩があるのは当たり前のことだからである。
posted by 田黒吾寛 at 13:05| Comment(4) | 真実の事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

文さん鶴子さんは正直者なのか?

最近ニュースを賑わせているのは尹昶重前大統領府報道官の強姦疑惑である。国のトップを支える人たちでさえこういう始末である。

この記事を見て朝鮮通信史の巻絵、京都に保存してある鶏を盗む両班の絵を思い出してしまった。人間は200年経っても300年経ってもやることは変らないものだと思ってしまうのだ。

そして今回のことでは、アメリカの調査と尹昶重前大統領府報道官の供述とに矛盾が生じてきているとも報道されている。所謂、平気で息を吐くように嘘を付く民族というわけだ。

そこで今回誰も疑問に思ってなかった事、メシアか、メシアじゃないかを抜きにして『文さん、鶴子さんは正直者なのか?または正直者だったのか?』という極めて単純な疑問を投げかけてみたいと思う。

何故こういうことを言うのかというと、今まで信徒も含めて文さん、鶴子さんをメシアという特殊なオブラートをかけてみていたのではないか?ということなのである。

「メシアだから許される。メシアだから意味がある。メシアだから凡人には理解できなくとも否定できないものがある」など等である。

先ず、メシアという前に一人の人間である。その人間である文さん、鶴子さんが正直者だったのか?ということなのである。

勿論、豪華な服を着て、信徒には「お金もってこい!!」と強要し、「恩を返せ!!」と責立てる姿は正直者と言えば正直者ではあるのではあるが・・・。

そうじゃなくて、文さん、鶴子さんは人類に正直だったのか?一点の疚しい事はなかったのか?という意味である。神様に正直なものが人類にも正直だったとは限らないのではないか?という意味である。その神様にも正直だったのかどうかも疑問なのであるが。

教会信徒は、正午定着を提唱しているから、神様に熱心に祈るから、朝から訓読するから、過去の路程が凄かったから、祝福を受けさせてもらったから等の理由付けでメシアと錯覚しているのではないかと思ってしまうのである。

文さんが正午定着を信徒に提唱しているからと言って自分が実行しているとは限らないのではないか?と思うのだ。

例えば、鶴子さんは、糖尿病になるほどなぜ食べる?何故自己管理して痩せない?何故アメリカに対して恩を返せと言う?これが正直者なのであろうか?

そもそも鶴子さんがスポーツしているところ等見た事がないし聞いた事がない。ゲートボール位して体動かしたらどうだろうか?

また、統一教会を立ち上げて50数年余、数々の事業を行なってきては失敗の繰り返しである。お金は献金により潤沢にあるにも関わらずである。

ある信徒は「お父様は経済メシアでもあるわけです」と言っていたので、経済メシアなら何故自ら行なった事業が失敗しているのか?と質したら「失敗はしていない」と回答していた。

また有る時、「日韓併合で日本は朝鮮に莫大なインフラをした、いいことを沢山したのだこれをどう思うか」と質したら、その信徒は「確かにインフラもして良い事も沢山しただろう、だがそれ以上に日本は朝鮮の方々に苦痛を与えたと認識している」と答えていた。

こういうズレた感覚、メシアの言うことは全て正しい事であらねばならないと言う思い込みが今の統一教会のネックになっているのではないだろうか?

このズレた感覚は教祖由来なのではないだろうかと思ってしまうのである。つまり、信徒を見れば文さん、鶴子さんが正直者であったか否かは分るのでは無いだろうかということなのだ。

信徒こそ教祖の写し鏡だからである。

ただ、これだけは言えることがある。ウチの子に限ってという歌があった。森高千里の歌である。

信徒はウチの子に限って等と思わないが良い。自分では思っていても廻りから見れば「どっぷりと限って」なのだから。

一度、メシアと言う概念を外して見つめてみたらどうだろうか?勿論その中には文さん、鶴子さんだけでは無く、郭さん、訓母と呼ばれる金さんも含まれるのだが。

もし上記の人たちのFB垢があったら(信徒抜きで初めて知り合ったとして)お友達になりたいかということである。

私は、熨斗つけてお断りである。(笑)



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posted by 田黒吾寛 at 09:50| Comment(0) | 真実の事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月02日

水戸教会の松橋様からメールキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!

今日水戸の松橋さんからメールが来た。

紹介しよう。

お詫び申し上げます2013年5月2日 木曜日 午後3:32
From: "masami matsuhashi" <*********@yahoo.co.jp>
田黒吾寛様
お久しぶりです。
水戸教会の松橋です。

2月にお問い合わせされた際に、私がお伝えした内容について一つお詫びしなければならないことがあり、ご連絡させていただきました。
当時、私が「サムライソウル氏とは何のつながりもありません。」とお答えしたと思いますが、実際には何度か連絡を取ったことがありました。

田黒吾寛様に事実と反する内容をお伝えしてしまったことを反省しております。心からお詫び申し上げます。


2月のお問い合わせは下記の事を指している。

火の粉を払えに載った松橋教会長の「回答書」を受けて吾寛とのやり取りを記事にする。
http://22448866.seesaa.net/archives/201303-13.html

で松橋氏はこう述べている。

> サムライソウル氏とうめたろう氏は同一人物ですか?
 
 会った事もない人物を同一人物かと問われても困るお話です。
 米本氏は彼らを柏教会の人間と考えているようですが、柏教会は青年部を立ち上げたばかりの女性ばかりと言ってもいい組織です。
 うめたろう氏からは、2月の半ばに昨年の「なっちゅさんの件」で不思議な問い合わせメールをいただいた事実はあります。12月頃にもメッセージを頂きました。
 サムライソウル氏とは何のつながりもありません。
 


このことを指して居ると思われる。


もう過ぎた過去であるし、追及するのもアレなので報告だけにしておくが統一教会の体質という物を良く分らせる事件ではないだろうか?

いつもさんも、教育部長も「同じ穴の狢」ではないだろうか?

正午定着?影のない生活?

ブログ記事そのものが現実を見なくて影があるんですけど?と言いたい。

松橋氏には、自分の思うところで頑張っていただきたいと思う。

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松橋氏の真摯な態度を評価する。

posted by 田黒吾寛 at 16:15| Comment(0) | 真実の事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月28日

あるブログでの金満哲(韓国済州島出身の韓国評論家)氏のコメント

ライブドアのブログで「嫌韓宣言」というブログがある。ここに金満哲(韓国済州島出身の韓国評論家)氏なる人物がコメントを書いている。正論であるので載せておく。

金満哲(韓国済州島出身の韓国評論家)

同胞韓国人は嘘つきばかりである。
私はそのことが恥かしく、情けない。
「韓国は独力で近代化を成し遂げた」だって?
馬鹿を云うな。韓国の近代化は日本の莫大な資本と人材の投与によって成し遂げられたものである。
「韓国は日本の統治に抵抗をもって対抗した」だって。馬鹿馬鹿しい。
同胞韓国人はロバのように日本の統治を甘受したのが実態だ。
ごくごく一部の抵抗はあったが上から下までみんな日本に憧れ、日本人になろうとしたのだ。
「韓国が独立したのは韓国の手によるものだ」にいたっては呆れてものも言えない。
誰も日本からの独立など望んでいなかったのにアメリカに強制的に独立させられたというのが真実だ。
「漢河(ハンガン)の奇蹟」だって!笑わせる。
日本から賠償金という名目で莫大な経済援助と技術援助で成し遂げられたものだ。
これだけお膳立てしてもらえばどんな未開民族でも経済成長するだろう。
「日本文化の祖が韓国」とは恐れ入る。
一体、併合前の朝鮮半島のどこに「文化」なるものがあったのか
併合前、我々先祖は乞食同然の生活をしていたではないか。
現在の韓国の姿、まさに他人により作られた砂の楼閣だ。
虚飾と偽善と歪曲とおごりに満ち満ちている、真似と依存と歪曲が全てである。
このような韓国の本質を知らず
「韓国こそ世界一」などとほらを吹いて自己満足している本国、在日の韓国人は正気の沙汰ではない
これが恥でなくてなんであろうか。
http://blog.livedoor.jp/oboega/archives/27253678.html

正にそのとおりである。

分ってるね。歪曲と欺瞞と自己満足の朝鮮人である。メシアもその中の一人に過ぎない。

李承晩が反日政策を採らなければ、メシアも言う事が違ってきたであろうことは明白である。

何故なら国民受けする説教をして国民の支持を得ていたからに他ならない。

本来は、日本人になりきり日本こそメシア降臨の日出づる国としたかったのだろうけど、敗戦で負けてしまい方向修正せざる終えなかったのではないだろうか?

何故なら、その当時は朝鮮は日本国だったのだから。そして3.1万歳運動もごく一部のデモであるといわれている。大多数の人が3.1万歳デモに参加をしなかったのだ。更に言わせて貰えば、3.1万歳デモ以降デモらしいデモは起きていない。これをどう見るかである。

上記のコメントのように「韓国人はロバのように日本の統治を甘受した」からだと見るのが妥当だろう。

では、メシアは日本滞在中抗日運動に参加したのか? これは否であろう。

最も有力なのが日本のスパイ説が有力であろう。日本に憧れ、夢にまで見た日本への留学。しかも帝国大学でも、私立の早稲田大学はなく、早稲田高等工業学校(所謂専門学校)である。当時の早稲田大学は無試験で入学できた。あの竹下元総理が早稲田出身である。竹下元総理は1924年生まれ。

1947年(昭和22年)9月に商学部を卒業する。

宮沢喜一氏のWikiにエピソードがある。

竹下登に対し「あなたの頃は、早稲田の商学部は無試験で入れたそうですな」と言い放ち、温厚な竹下も「あれは許せない」と怒っていたという。もっとも、その話を聞いた佐々淳行が、「早稲田でも試験くらいあったんでしょう?」と尋ねたところ、竹下は「それがね、無試験だったんだよ」と答えた由である
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E6%BE%A4%E5%96%9C%E4%B8%80


つまり、早稲田大学付属早稲田高等工学校電気工学科には無試験だった可能性もあるのだ。恐らく無試験だったと思われる。

私の推理を言わせて貰えば、日本帝国からお金を貰い無試験で早稲田大学付属早稲田高等工学校電気工学科に入学した、その見返りとして日本のスパイとして動いていた。こう見ることは出来ないだろうか?

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中央庁朝鮮総督府.jpg
朝鮮総督府(中央庁)
鮮やかなメインホール大理石.jpg
大理石ホール
これが日帝の力だ!
posted by 田黒吾寛 at 17:08| Comment(0) | 真実の事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月21日

統一教会が反日ならばメシアも反日である。では、神様も反日なのか?

メシアは1920年生まれである。

この頃は、日韓併合から10年経っていた時期である。経済的にも公衆衛生もやっとまともに成りつつあった時代であろう。

こういう1930年代くらいの生まれの方々は日本を悪く言う人は余り居ない。日本人と朝鮮人が仲良く暮らしていた時代である。

ところが、メシアは1920年生れにも拘らず親日とは程遠い、日本を恨んでばかりのみ言葉がお腹いっぱいになるくらい溢れている。

たとえば、

『日本は、日帝時代に先生を殺そうと、ありとあらゆる拷問をしました。拷問した者たちは怨讐です。彼らは、戦争が終わったのち、先生が二百言えばみな捕らえられて消えていました。消えてしまうというのです。しかし、先生が全員日本に帰らせました。韓国の事情をよく知っているので、夜、こっそりと彼らを助けて送り出したのです。そのような恩を受けたので、日本の若者は、先生にその恩を返さなければなりません。』
(「神様の摂理と日本」より 1992年11月21日のみ言葉)

『日本がもっている財産は、日本の財産ではありません。アメリカがもっている財産も、アメリカの財産ではありません。それは、アダムとエバの財産です。創造理想から見れば、天宙のすべての存在は、神様の愛を中心とする関係をもてば、アダムの所有になり、神様の所有になるのです。・・・日本の国は知りません。知らない中で皆さんの父母が歓迎し、皆さんがすべてのものを韓国に捧げたように、皆さんの一族も韓国にすべてのものを捧げることができなければなりません。家庭が一つになることは、日本が一つになることです。そのために、メシヤの使命を与えて再び日本に送るのです。』
(「神様の摂理と日本」より 1989年7月9日のみ言葉)

『日本がもっている財産は、日本の財産ではありません。アメリカがもっている財産も、アメリカの財産ではありません。それは、アダムとエバの財産です。創造理想から見れば、天宙のすべての存在は、神様の愛を中心とする関係をもてば、アダムの所有になり、神様の所有になるのです。・・・日本の国は知りません。知らない中で皆さんの父母が歓迎し、皆さんがすべてのものを韓国に捧げたように、皆さんの一族も韓国にすべてのものを捧げることができなければなりません。家庭が一つになることは、日本が一つになることです。そのために、メシヤの使命を与えて再び日本に送るのです。』
(「神様の摂理と日本」より 1989年7月9日のみ言葉)

・・・皆さんが常に目標としなければならないことは、国を救わなければならないということです。もし日本の政策が韓国に反対する政策ならば、日本の食口たちは、政府に抗議し得る基盤を築かなければなりません。そのような基盤を築こうとすれば、そのための実践をしなければなりません。』

(「神様の摂理と日本」より 1971年1月30日のみ言葉)


などなど1300冊以上あるといわれるみ言葉選集には外にも一杯有ると思われる。

ところで何故、一般のお爺さんお婆さんたちは日本をあの頃は良かったといっているのにメシアは頑なに反日になっているのであろうか。それは、私感だがこうみることはできないだろうか。

自叙伝には幼少の頃のことを書いてある。

家も土地も日本人に奪われて、生きる手立てを求めて満州に向かった避難民が、わが家の前を通り過ぎていきました。母は八道(李氏朝鮮時代、全国を威鏡道、平安道、江原道、黄海道、京畿道、忠清道、慶尚道、全羅道の八道に区分したことに由来する言葉)の各地からやって来て家の前を通る人のために、いつでもご飯を作って食べさせました。

祖父は「無条件に与えて生きなさい」という曾祖父の遺言によく従いましたが、財産を守ることはできませんでした。末弟の潤國大叔父が一族の財産を抵当に取られて、すっかりなくしてしまったからです。それからというもの、家族、親族の苦労は並大抵ではありませんでした。しかし、祖父も父も、潤國大叔父を一度も怨みませんでした。なぜなら、賭博に手を出して財産を失ったわけではなかったからです。大叔父が家の財産を担保にして借りたお金は、すべて上海臨時政府(一九一九年四月に上海で組織された亡命政府。正式には大韓民国臨時政府)に送られました。当時、七万円といえば大金でしたが、大叔父はその大金を独立運動の資金に使い果たしてしまったのです。

潤國大叔父は朝鮮耶蘇教長老会神学校を卒業した牧師です。英語と漢学に秀でたインテリでした。徳彦面 (面は日本の村に相当する行政区分で、郡の下、里の上に位置する) の徳興教会をはじめとして三つの教会の担当牧師を務め、崔南善先生などと共に一九一九年の三・一独立宣言文を起案しました。独立宣言文に署名するキリスト教代表十六人のうち徳興教会の関係者が三人になると、大叔父は民族代表の立場を自ら降りました。すると、五山学校(民族意識の高揚と人材育成を目的とした初等。中等教育機関) の設立に志を同じくした南岡・李昇薫先生は、潤國大叔父の両手を握って涙を流し、万一、事に失敗したならば、後を引き受けてほしいと頼んだといいます。

万歳を叫んで街路にあふれ出てきた人々に太極旗 (現在の大韓民国の国旗で、元は一八八三年に朝鮮国の国旗として公布されたもの) 数万枚を印刷して配りました。そして同年三月八日、定州郡の五山学校の校長と教員、学生二千人以上、各教会信徒三千人以上、住民四千人以上と会合し、阿耳浦面事務所の裏山で独立万歳のデモを率いて逮捕されました。大叔父は二年の懲役刑を宣告され、義州の監獄でつらい獄中生活を送りました。翌年、特赦で出監したものの、日本の警察の迫害が激しくて一箇所に留まることができず、あちこちに身を隠していました。

警察の拷問を受けた大叔父の体には、竹槍で刺されて、ぼこっとへこんだ大きな傷跡がありました。鋭くとがった竹槍で両足と脇腹を刺す拷問を受けても、大叔父はついに屈しなかったといいます。激しい拷問にもまるで言うことを聞かないので、警察が、独立運動さえしなければ郡守(郡の首長)の職でもやろうと懐柔してきたりもしました。すると、かえって「私がおまえら泥棒の下で郡守の職に飛びつくとでも思ったのか」とすさまじい剣幕で、大声で怒鳴りつけたといいます。

私が十七歳頃のことです。潤國大叔父がわが家にしばらく滞在していると知って、独立軍の関係者が訪ねてきたことがありました。独立運動の資金が不足して援助を乞いに、雪が降り注ぐ夜道を歩いてきたのでした。父は寝ている私たち兄弟が目を覚まさないように掛け布団で顔を覆いました。すでに眠気が吹っ飛んでいた私は、掛け布団を被って両目を大きく見開いたまま、横になって大人たちの話し声に聞き耳を立てました。母はその夜、鶏を屠り、スープを煮て、彼らをもてなしました。

父がかけた掛け布団の下で息を殺して聞いた大叔父の言葉は、今も耳の奥に生き生きと残っています。大叔父は「死んでも国のために死ぬなら福になる」と話していました。また、「いま目の前に見えるのは暗黒であるが、必ず光明の朝が来る」とも話していました。拷問の後遺症から体はいつも不自由でしたが、声だけは朗々としていました。
「あんなに偉大な大叔父がなぜ監獄に行かなければならなかったのだろう。われわれが日本よりもっと力が強ければ、そうはならなかったのに……」と、もどかしく思った気持ちもよく覚えています。
自叙伝より


ここで潤國大叔父の影響が強いと思われる。17歳の時イエス様に会って使命を一任されているにも拘らず「われわれが日本よりもっと力が強ければ、そうはならなかったのに・・・」と回顧しているのである。

つまり力には力をと思っていたのであろう。このことをずーーーーーと引きずっているのではないだろうか?

朝鮮人の特徴は

参考資料:「現代韓国人の国民性格」 著者:李符永(ソウル大学教授)
 (1)依頼心が強い
 (2)すべきことをせず他人に期待し裏切られると恨んだり非難する
 (3)相手も自分と同じ考えだと思い「違う」と分かると裏切られたと思う
 (4)せっかちで待つことを知らず「今すぐ」とか「今日中」とよく言う
 (5)すぐ目に見える成果をあげようとし、効果が出ないと我慢せず別の事をやろうとする
 (6)計画性がない
 (7)自分の主張ばかりで、他人の事情を考えない
 (8)見栄っ張りで虚栄心が強い
 (9)大きなもの・派手なものを好む
 (10)物事を誇張する
 (11)約束を守らない
 (12)自分の言葉に責任をもたない
 (13)何でも出来るという自信を誇示するが、出来なくても何とも思わない
 (14)物事は適当で声だけ大きくウヤムヤにする
 (15)綿密さがなく正確性に欠ける
 (16)物事を徹底してやろうとしない
 (17)“見てくれ”に神経を使う
 (18)「世界最高」とか「ブランド」に弱い
 (19)文書よりも言葉を信じる
 (20)原理・原則より人情を重んじ全てを情に訴えようとする
韓国人からみた韓国人の性格(1)より引用
http://ameblo.jp/chanu1/entry-10719614899.html


メシアもご他聞に洩れずこの特徴を備えている。

話はそれたが、大叔父の牢獄やら、万歳運動に参加していること等を恨として捉えて生きてきたのではないだろうか?

そしていつか仕返しをするとそれが上記のみ言葉にも表れているのではないだろうかと思うのである。

では、メシアが反日ならば、神様も反日なのだろうか?
メシアによると「神様に日本をエバ国にするのに三度とりなしをした神様も恩讐の地が日本だった」と言っている。

では何故、天皇陛下が125代も続いてきたのだろう?そして日本は道徳心のある国である。

人に迷惑をかけない、人に親切にする、慮る心等、当たり前のようにして過ごしてきた日本人である。

何故キリスト教が日本で流行らないか?それはキリスト教以上の道徳心が既に備わっているからあえてキリスト教に入らなくても良いからであろう。

それほど、日本は誇りある民族だと思う。メシアは神様を自分の思い通りに話し、そして信者大衆を操作してきたのではないだろうか?

摂理と言ってはあちらこちらと手を広げ献金を集め、失敗して何百億と損失出しても何処吹く風のメシアであったはず、そのメシアが成功した事業何かあったのだろうか?

ジャルジンも、アラスカも、パンダ摂理も、最近では平和自動車も悉く失敗してしまったのである。

そのツケはすべて日本の信者に背負わせているのである。日本人なら素直に聞くと思っているのであろう。

メシアが亡くなり、日本は俄に反韓、嫌韓がネットを中心としてフジテレビデモや、新大久保のデモなど大勢が声を出してきた、芸能人の中にでさえ、えなりかずき氏、武田鉄矢氏などが公共の電波を通じて反韓てきな内容を述べているのである。

この動きはだれも止められないだろう。

結局、メシアは終戦となり韓国が民主主義となってからは、日本の若い世代に自分の恨みを押し付けて恨みを晴らしているようにしか見えないのである。「蕩減」と言う魔法の言葉を使って・・・。

先ず、神様も恨んだというのがおかしい話である。神様は恨みの神様なのだろうか?恨んで恨んで6000年間生きてきた?

日本の天皇陛下が125代続いていることを見ても日本を祝福されている神様であると見ることは出来ないのだろうか?私は125代続いている天皇陛下がいらっしゃる限り神様の日本への期待は大きいと思う。

幸いにも跡取りは悠仁内親王殿下がいらっしゃるのが日本の希望と呼ばずして何と呼ぼうか。

悠仁親王殿下4歳.jpg
悠仁内親王殿下4歳

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佳子内親王殿下も、学習院大学教育学部にご入学された、これは悠仁内親王殿下を見守りたいというお考えからそうされたと聞いている。皇族一丸となって日本の為にと思っていらっしゃるのだ。

このお考えこそ伝統であり日本人の心の拠り所なのである。窓越しに見えただけで涙を流すお爺ちゃんや、お婆ちゃんも少なくないはず。

天皇陛下は世界最古の皇帝なのだから。エリザベス女王も、バチカンさえも席を譲る天皇陛下なのである。
様.jpg
佳子内親王殿下18歳

メシア未亡人が杖を天皇棒呼ばわりするのは、結局は日本に憧れてるだけジャンと思うのは私だけだろうか?

天皇棒などという言葉はやめて貰いたい。天皇が汚されているようで聞くに堪えない。天皇の文字は使ってほしくない。「天文棒」で良いではないか。

韓国自体が天皇を認めていない。天皇陛下を日王と言っているくらいなのだ、そんな国に「天皇」という文字は遣ってほしくない。韓国全土が天皇と普通に言えるようになってから使えと言いたい。
posted by 田黒吾寛 at 00:10| Comment(4) | 真実の事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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