2013年06月02日

NHKの偏向報道に思う。「ヘイトスピーチは日本人の恥さらし」という記事の反論

「ヘイトスピーチ」は日本の恥さらしという記事が載っていました。
http://ameblo.jp/yksma6500/entry-11542156687.html

記事の中には

また、ある在日韓国人の男性は、「今まで周囲の日本人と何一つ分け隔てなく仕事もし、付き合ってきたのに、これを見てとても怖くなった。」と答えていました。

と書いて在りましたが、この在日の男性はシバキ隊のメンバーだったのです。

下記の動画をご覧下さい。



これが桜井氏の襲われたときの元動画です。



いかがでしょうか?

此処で問題になるのは、NHKの偏向報道であり在日の男性がシバキ隊であるにも拘らず一般人をよそおいインタビューに答えていることなのです。

そして、一度だけのプラカードを毎回使って明らかに貶める意図が見え見えの番組なのです。このことは有田ヨシフ議員もご存知なのです何故ならシバキ隊と一緒にカウンターに参加していたのですから。ですがしかし、発言の内容は毎回「殺せとか言ってる」と発言しています。鬼の首を取ったように言うのです。
そうしてNHKは、何故こういう問題が起きたのかを深く掘り下げていないところに問題があると思います。またNHKの偏向報道に迎合する統一教会員の思考力停止に問題があると思います。

私は言いたい、「NHKの番組に迎合してブログにすることこそ日本人の恥さらしであり日本人が益々嫌韓になる温床となる」のだと。

日本が在日朝鮮人に蝕まれても何も感じない統一教会員がいることが悲しいと思います。

日本統一教会の信徒よ君たちは日本を愛しているのか?日本が在日朝鮮人によって蝕まれても平気なのか?と聞いてみたいと思います。ベクトルはあっちを向いているのではないでしょうか?
もし日本が朝鮮の属国となったら間違いなく天皇陛下はいなくなり天皇制度は無くなります。そうなると日本は3流国家に成り下がります。間違いありません。

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アメリカは、アメリカ人のためのものであり日本は日本人の為のものです。

美しい日本を守りましょう。敵勢侵略者から日本を守りましょう。
posted by 田黒吾寛 at 01:44| Comment(8) | 真実の事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月27日

本当に朝鮮人の民度は低いのでしょうか。

よく朝鮮人は民度が低いと言われています。しかし大きなビルは建っているし道路も往復4車線6車線もあります。果たして本当に民度が低いのでしょうか?検証してみたいと思います。
ここにネットに流されたイルベの記事があります。イルベというのは日刊ベストの略で韓国のネットサイトです。
引用します。

韓国の募金箱の中にお金じゃ無くてゴミが沢山で酷い 韓国人「ゴミ箱に見える。作った奴が悪い」

募金ゴミ箱.jpg

元の記事:http://getnews.jp/archives/347455
韓国のネットサイト『ilbe.com』に公開されたとあるが話題になっている。それは韓国の街中に設置された募金箱。その中身がゴミしか入っていないのである。いや、近くでよーく見るとウォン札が底の方に入っているようだ。しかしゴミに紛れてしまっている。遠目から見たらゴミ箱に見えてしまうが、中を見せるように透けさせているのは募金箱の特徴である。
箱にも「募金入れ(모금함)」と書かれている。

これを見た韓国ネットユーザーは次のような感想を述べている。
・ゴミ箱のように見えるんだね。作った奴が悪いな。
・我が国がしっかりとした先進国になるためにこのような市民の意識から変えなければならないのに..。
・場所はどこなのか。
・朝鮮人レベル…。
・すぐにこの記事を削除してください! イルポン奴!

と書き込んでいる(一部意訳したものも含む)。中には「既にゴミが入っているのでゴミ箱と錯覚したのでは」という意見や「ハングルの勉強しなおしだね」という意見まで挙がっている。
日本では絶対ありえない募金箱へのゴミ投下。もしあったら大問題である。

ため息韓国レベル(韓国語)


何ということでしょう〜。人様の善意を預かる募金箱がゴミ箱と化してしまっているではありませんか!!!

日本では考えられない光景です。近くにゴミ箱が無かったのでしょうか?それとも箱と見ればゴミ箱と勘違いしてしまうのでしょうか?あるいは、かつて朝鮮人の識字率は1945年度で60%だったといわれています。そのあおりを受けていまだに60%前後で推移しているというのでしょうか?そんなはずは無いですよね。塾が多いのは世界的にも有名ですから。

では、一体何故に募金箱がゴミ箱と化してしまうのでしょうか?それはやっぱり民度の低さからだといえるのかもしれません。
いくら道路が整備されようと、ビルが建とうとサムスンがスマホでお金を稼ごうと朝鮮人の民度は低いこのことだけは1910年の日韓併合から変わりなく伝統として受け継がれてきていると分りました。

と言う事で、朝鮮人は民度が低いといわれてきているが本当に民度が低いのかを検証したらやっぱり民度は低かったという結論になりました。

日本でこんな事が起きたら大問題になります。

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posted by 田黒吾寛 at 23:30| Comment(4) | 真実の事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月23日

朝鮮人は日本には何をしても許されると思っています。

朝鮮人は「恨」の文化です。また、敵ならば死んだ墓を掘り起こして八つ裂きにする文化です。
日本は、「恥」の文化です。また、死んだら全て仏様になるので死者を悼みますし、たとえ敵でも死人の冥福を祈ります。

文さんもよく「神様の『恨』が〜〜」と言っていました。神様の恨みをとくには復讐しかないのでしょうか?

文さんもこういっています。

 神様の恨と、イエス様の恨と、歴史的な人類の恨を解くために、私たち自らが祭物の立場に立ち、あらゆる精誠を尽くし、あらゆる愛をすべて注いでこの国を愛さなければなりません。
至誠感天_03/第一章 至誠感天/第一節 至誠感天と精誠

 人生における恨の恨、歴史の恨、世界の恨、宇宙の恨として残されたこの悪をどうすべきか。
天地の大道_11/第三章 天地の歴史/第一節 罪悪歴史の出発

皆様、このようなサタンの秘密を暴いたレバレンド・ムーンの人生は、言葉では表すことのできない迫害と苦難、すなわち恨の生涯とならざるを得ませんでした。
平和訓経(普及版)_03/平和メッセージ1/神様の理想家庭と平和理想世界王国T

 天のお父様! あえてお父様とお呼びします。哀れな神様、恨の神様!
平和訓経(普及版)_25/歴代アメリカ大統領の霊界報告書


昨日も書きましたが、朝鮮人の言う「恨」を解消するには「復讐」なのです。
朝鮮人の日本への「恨」を解消するには日本人へ復讐することを意味するのです。

ですから、神様の「恨」などと言ってもこれは詭弁に過ぎません。根本は日本人を貶め奴隷にし意のままに使いたいと思っているからです。

そもそも神様は愛であると言うキリスト教が何故神様の「恨」等と言うのでしょうか?堕落論がそうだからと言われるのですが祝福受けたら解決できたのでしょうか?

今でも裁判しているではないですか。また、直系の息子をサタンとあの梶栗さんも名指しで批難していましたよね?
これではなんら神様の「恨」を解決していないということの証左ではないでしょうか?

つまり、文さんは自分の日本への「恨」を神様の「恨」としてすり替え日本人に自虐を押し付け日本人を奴隷の如く扱いたいと言う願望から、日本人の借金に苦しむ姿などもなんとも思わなかったのではないでしょうか?寧ろ日本人が借金して苦しんでいる姿が小気味良かったのではないでしょうか?

文さん鶴子さん等は、心の底では、世間一般の朝鮮人と同じく、日本人には何をしても構わない、寧ろ感謝すべきであると思っていたのではないか、そうやって日本への「恨」を晴らしているのではないでしょうか?でも全て晴らしては居ないとおもいます。全ての日本人が奴隷にならない限り恨みは晴れないのだと思います。

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それでないと、借金まみれになっている日本人に何も手立てをしないことが説明つかないのです。
posted by 田黒吾寛 at 20:56| Comment(2) | 真実の事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月19日

文さん、鶴子さん朝鮮人であることを今一度認識しましょう。

ネットで面白い記事を見つけました。朝鮮民族の世界観という記事です。朝鮮民族の世界観が分るかもしれません。文さんも鶴子さんもチョウセンジンです。朝鮮人特有の思考抜きにして文さん鶴子さんを語る訳には行きません。妄想ボケ老人人類のメシアと自ら宣言している文さんです。その思考回路をもう一度考えてみたいと思います。

1.朝鮮民族の世界観

1-1.自他の境界が消失した民族
文明の誕生以来、朝鮮半島は外民族の侵入と支配を繰り返し受けてきました。そのため、朝鮮社会は常に非常に強い社会不安に晒されてきたようです。このような強い外的なストレスから、朝鮮人は外民族に対して非常に疑い深く被害者意識が非常に強い民族になりました。また、このような社会不安から自分の感情を爆発させて不安を紛らわせたり、現実についてあまり深く考えない民族性をも獲得したようです。
彼らは外圧に対抗すべく、民族間での情緒的な繋がりを非常に強く求めて来ましたが、その結果自民族全体の心情や主観、そして思考が時空を超えて同一だと考えるようになりました。つまり朝鮮民族間では自分と他人は区別できないものであり、また昔の先人と現在の自分も区別しがたいものなのです。
このように、朝鮮では自分と他者との区別が消失しましたが、それによって登場したのが朝鮮民族全体の総体としての主観である「入場」、および朝鮮民族全体の総体としての判断基準となるスーパーデータベース「(普遍的)真実」です。
また、朝鮮人は相手から自分を区別されそうになると、自分の普段の行動は全く顧みずに必死になって「差別」だと訴え始めますが、これは彼らが自他の区別に非常に強い分離不安を覚えるためでしょう。朝鮮では自他の同化こそが信頼の証であり、自分と相手の間に境界が存在する事は決して望ましくないのです。

1-2.民族の総体としての主観「入場」
入場」とは、「朝鮮人の被害者としての歴史を十分理解し、その心情を受け入れた視点」の事であり、朝鮮人にはこの「入場」以外の物事の見方、即ち他人の立場に立った物の見方が存在しません。他人からの視点を欠いた朝鮮人の行動は、常に自己中心的なものになります。
朝鮮人が一見、日本人よりも自分の意見をはっきり言うように見えるのは、このように「入場」以外の「他人の視点」を持つ事ができない、自己中心的な性質によるものです。また彼らの主張を観察してみると、彼らは自分の「個」としての「物の見方」を主張するのではなく、自分の「目先の利益」を主張しているだけであり、その内容が「入場」や「真実」の範囲を超える事は通常ありません。
そして「入場」以外の視点が存在しない朝鮮人にとって、「入場」を納得させないあらゆる視点は全て不当なものです。彼らは常に周りに「入場」を押しつけて他の視点を受け入れる事はありませんが、これは朝鮮人にとって自然な行動なのです。
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1-3.朝鮮人の「恨(ハン)」と「情」
朝鮮人の情緒の最も根本的な概念に、「恨(ハン)」なるものが存在します。この「恨」とは、日本で言う「恨み」とは違う概念のようです。それではこの「恨」とは、一体何でしょうか?
「恨」とは、「朝鮮民族の被害者としての歴史と、民族の苦難に対する嘆き及び自己憐憫による陶酔感を、時空を超えて民族間で共有する事によって醸成される、粘着質の情緒」の事です。この「恨」を共有する朝鮮人にとって、自分の痛みと他人の痛みは同一であり、また現在の自分の痛みと過去の先人達の痛みは同一なのです。
ただしこの「恨」はあくまで「被害者としての歴史」を前提として成り立つものであるため、 朝鮮人の加害者としての歴史は完全に無かった事になっています。また、彼らは自分達の加害者面に触れられると大抵激昂しますが、これがいわゆる「火病」状態です(笑)。
「恨」は時間とともに蓄積していくものであり、隙あれば解消される事が期待されますが、その解消の方法とはつまり「復讐」です。また、「恨」は朝鮮民族の被害者面だけを蓄積するため、彼らの民族的記憶に「恩」が残る事はありません。そのため、もし宗主国が弱体化するような事があれば、朝鮮人は旧宗主国の人間に対して残虐非道の限りを尽くし、「恨」の解消に努める事になります。
そして日本にとって非常に不幸な事に、分離不安が非常に強い彼らには「嫌いなものからは遠ざかるべき」という考えが全く理解できません。朝鮮人は、嫌いなものにでも躊躇無くすり寄ってきたり、もしくは徹底的に粘着してその価値を貶める事に全力を尽くしますが、そこに違和感を感じる事は一切ありません。「嫌いな相手には執着して不幸を願い、『恨』の解消の機会を伺う」これが朝鮮人の基本的なメンタリティです。そのため、執着を嫌う傾向の強い日本人から見れば実に異様に見える行動も、彼らにとっては普通の事なのです。
また、朝鮮人は「情」を非常に重要視する民族だと言われますが、これは彼らが自他を区別できない、もしくは区別されることを嫌うという特質によるものです。このような朝鮮人の強い「情」の様子から、彼らがあたかも他人の痛みが良く理解できるように見える場合があります。しかし、彼らは決して他人の考えや立場を理解して「情」を発揮しているのではなく、単に感情的に相手と同一化しているだけに過ぎません。

1-4.朝鮮の自称「(普遍的)真実」
朝鮮人は自分達の主観を少しの疑いも無く「真実」だと騙りながら、日本人などの外国人に押しつけます。これはつまり、朝鮮には「真実」とされる事柄が日常的に多数存在することを意味します。日本で「真実」なる言葉を日常的に使うのは怪しい宗教団体とゴシップ週刊誌くらいであり、実際「真実」を連呼する朝鮮人の主張には根拠が存在しなかったりする訳ですが(笑)。
朝鮮人が語る「(普遍的)真実」とは、森羅万象全ての物事の因果について記載されている、民族の総体としての叡智の結晶の事です。朝鮮では自分で物事を考えなくても、この「スーパーデータベース」を参照しさえすれば常に正しい判断を下す事ができるのです。そしてこのデータベースにアクセスする方法は単純明解です。もし、周りの人が皆同じ事を言っていれば、それこそが朝鮮の「真実」になります。
朝鮮人は自己の利益の追求するために、本当に簡単に嘘を吐きます。というか、彼らはどうやら悪意の無い嘘には罪がないと思っているようです。偽の情報が蔓延した社会で自分の思考なしに本当らしい事を知るには、周りの人が皆同じ事を言っている事を「真実」にする以外ないのでしょう。
このような「スーパーデータベース」に全ての判断を委ねた結果、彼らには物の道理を理解する必要がなくなり、また実際に理解する事もできなくなりました。それで朝鮮人に対して「真実」に合致しない事象を提示すると、激昂してうやむやにするか、即座に思考停止して見なかった事にするのです(笑)。
確かにネット上での議論の際、韓国人は他人の意見を堂々とコピペしてきますが、いざ本人自身の考えを聞いて見ると全く答えられません。また、自分の主張の検証を相手にやらせようとする行動が良く見られ、日本人がそれを指摘しても問題点を全く理解できません(笑)。韓国人に見られるこれらの反応も、やはり彼らは思考が苦手であり、というかそもそも自他の思考を区別することすらできない事を意味します。
また朝鮮では、「馬鹿」という言葉は「思慮が足りない人間」という意味ではなく「そこにある真実に気づかない人間」を指すようです。このように、朝鮮では個人の思考よりも民族の叡智である「真実」が遥かに重要視されてきたため、現在の韓国人もつい「真実」に判断を委ねてしまい、あっという間に思考停止するようです。

1-5.朝鮮の自称「普遍的道徳」と「普遍的絶対正義」
朝鮮では古くから中国の学問を積極的に採り入れ、また研究してきました。このようにして儒教を朝鮮式に再解釈したのが「朝鮮朱子学」です。また儒教は日本では宗教と言うよりも単なる学問でしたが、朝鮮では土俗信仰と結びつき祭祀などの要素を伴った宗教として定着したため、現在の朝鮮人の心の中にも、その影響は色濃く残っています。
朝鮮人が誇る民族の叡智にしてスーパーデータベースたる「(普遍的)真実」には、「普遍的道徳」という、「全世界の全時間軸で通用する、普遍的で絶対的な価値判断基準」が含まれます。また彼らはこの「普遍的道徳」により、自称「普遍的絶対正義」を判断する事ができるそうです(笑)。そしてどうやらこの「普遍的道徳」を形作っているのは、朝鮮伝統の朝鮮朱子学のようです。
もちろん朝鮮人以外から見れば、「全世界の全時間軸で通用する、普遍的で絶対的な価値判断基準」なるものは単なる妄想に過ぎません。しかし彼らには自他を区別できないので、この「普遍的絶対正義」とやらが自民族の主観にまみれている事を理解できず、それどころかこれが世界の普遍的道徳だと信じ切っているのです。彼らは事ある毎に自分達の主観を外国人にも押しつけてきますが、こういう仕組みな訳です(笑)。

1-6.「事大」の伝統
朝鮮はその地政学上の条件から、常に周辺の大国によって国を翻弄されてきました。そこで朝鮮人は、刻々と変化する東アジアの強国間の勢力分布から、常にその時々の最も有力な国に対して忠誠を誓うという「事大」という処世術を用いて国を守って来ました。
現在の韓国ではこの朝鮮の「事大」の伝統を、「大国の力を巧みに利用した、素晴しい戦略」と解釈しているようです。朝鮮人以外から見れば、どう考えても朝鮮は中国の属国な訳であり、また「独立門」や「大清国属高麗国旗」なる初期の太極旗すら残されている訳ですが…(笑)。
自他の区別が存在しない朝鮮では、「事大」とは力の大きな者に媚びへつらってその庇護を受けるというよりは、力のある相手と自分が同化する事によって自分の価値をあげる(ような気になる)という事と解釈されるようです。
このような事大の伝統に基づき、朝鮮人は自分以外の力を借りて使う事に全く抵抗を感じないようです。これを反映してか、現在の韓国人からも自国以外の力を使って日本を懲らしめるという内容の発言が頻繁に見られます。その例を挙げてみます。
アメリカの原爆で日本人を焼肉パーティにする。
中国と同盟して日本を侵略する。
北朝鮮の核ミサイルが日本に落ちる。
日本列島の自然災害は天罰。

このように、朝鮮人は自ら進んで「虎の威を借る狐」になり、それを恥じる事はありません。これが朝鮮伝統の「事大」の姿です。そして、事大先に対して恩を感じるという事も一切ありません。朝鮮には、助けてくれた者に対する「恩」という概念は存在しませんので(笑)。
また、彼らは世界的に価値を認められている、もしくは日本人が価値を認めている日本のあらゆる文化に対して起源を主張します。これも、「価値あるものと同化して自分の価値をあげる(気になる)」ための行為なのでしょう。日本人に対する単なる嫌がらせでなければ、の話ですが(笑)。

1-7.朝鮮社会のタブー
朝鮮では、「入場」「真実」「恨」といった概念により、民族全体が同化しています。これらは朝鮮に特有の強い社会不安をやわらげてきた救世主であり、言わば神聖不可侵な宗教の一種であると言っても過言ではありません。誰かがもしこれらを破壊しようとすれば…朝鮮社会はたちまちその一体感を損ない、非常に強い社会不安を引き起こします。
つまり朝鮮社会のタブーは、自分達が信仰する「入場」「真実」「恨」に対して異を唱える事です。これは21世紀現在の韓国でも同様です。信心深い彼らの信仰を脅かしかねない、韓国に不利な国際的視点や韓国に不利なあらゆる事実などは、「歪曲」と呼ばれてヒステリックな反応(火病)と共に徹底的に弾圧され、無かった事にされます。また、「歪曲」を行う異端の者は「親日派」もしくは「売国奴」と呼ばれ、やはり朝鮮社会から排除されます。
朝鮮に特有のこのような「魔女狩り」の構造が、自由主義国家である筈の韓国を現在でも実質的な言論統制国家たらしめている最大の要因です。

ソース:http://www37.tok2.com/home/koreanworld/analysis/01-world.html

これが朝鮮人の世界観です。この世界観を根底に持ち独自の「ウリスト教ウリイツ教会」を立ち上げたとというわけだと思います。

朝鮮人の妄想が日本に数々の被害者を齎(もたら)し、世界の人々を苦しめているのではないでしょうか?


バカな宗教と関わったものだと今さらながらに思います。

そして、現在でも教区長と呼ばれる朝鮮人の教会責任者が日本に好きでやってきたかというと必ずしもそうでは無いということだけははっきりして居ると思います。

「日本はまだ韓国に賠償はしてない、ドイツを見習え」と思って居る在日朝鮮人統一教会責任者や、口にする在日朝鮮人統一教会責任者が多いということも付け加えておきましょう。

しかし、そういう責任者でも日本は憧れの国なのです。日本にやってこれて嬉しいのです。この矛盾した相反する心でもなんら違和感が無いのがチョウセンジンなのです。

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今日の教訓:矛盾を矛盾と思わない、これが朝鮮人です。




posted by 田黒吾寛 at 15:34| Comment(0) | 真実の事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月15日

「芸を仕込め」なかった文さん、鶴子さん。

ちゃぬさんのブログにも書いてありましたが、文さんは天皇陛下が好きだったのでしょう。そして家臣に乃木大将みたいな人物が現れるのを心待ちにしていたのだと思います。

み言葉にも乃木大将のことは幾度と無く書かれています。

皆さんは、明治天皇を慕い、追って自決した乃木大将の歴史を知っていますか? 日本の統一教会の母として、それ以上の聖人を養育する、そのような資格のある女性がいますか、いませんか?
米国五十州巡回講演」祝勝会における御言

国を中心として、ために存在するという原則を適用すれば、その国で一番の愛国者はいったい誰かと聞かれたならば、すぐ答えが出る。例えて言えば、日本の歴史におきまして、一番日本が讃えるべき愛国者は一体誰でありましょうという時には、これは近世においては、乃木大将をあげることができましょう。…明治天皇に対して生命を捧げる、あるいは日本の一大危機のためにすべてを捧げる。生命はもちろん、すべての生涯を日本のために尽くしたのだから、その方が言うまでもなく愛国者であります。
本統一運動史

日本の忠臣・乃木大将を知っているでしょう。三人の息子を(戦争で)亡くして、自分も後で腹を切って死んでいった人です。このような人も愛のためにそのようにしたのです。
真の愛の主人になりましょう

日本の歴史におきまして、一番日本が讃えるべき愛国者は、一体誰でありましょう、という時にこれは、近世においては、乃木大将をあげることができるでしょう。自分の明治天皇に対して生命を捧げる、あるいは日本の一大機危の為にすべてを捧げる。
「希望の日」晩餐会のメッセージ

 日露戦争の時、乃木大将は二〇三高地において、自分の子供を失いながらも、数多くの日本の青年たちに攻撃命令を下した。
一心不乱、一生懸命

 乃木大将の奥さんに見るように、日本の女性は夫を支え、たとえ死の道であっても、夫の行く道を共に行く伝統的精神を持っています。
女の道

乃木希典
乃木 希典(のぎ まれすけ、嘉永2年11月11日(1849年12月25日) - 大正元年(1912年)9月13日)は、日本の武士(長府藩士)、軍人、教育者。階級は陸軍大将。栄典は贈正二位・勲一等・功一級・伯爵。第10代学習院院長。家紋は「市松四つ目結い」。幼名は無人(なきと)で、その後、源三と名を改め、頼時とも称した。 さらに後、文蔵、次いで希典と名を改めた。また、出雲源氏佐々木氏の子孫と称したことから源希典との署名もよく用いた。号としては、静堂、秀顕、石樵及び石林子を用いた[1]。「乃木大将」または「乃木将軍」などの呼称で呼ばれることも多い。
Wikiより

詳しくは下記のURLリンクへ
乃木大将.jpg

乃木将軍:http://www.geocities.jp/nkymsgtm/nogishogun.index.htm


明治天皇の家臣であった乃木希典(まれすけ)将軍、天皇に絶対的な忠誠を誓った日本の誇るべき愛国者軍人です。

文さんは乃木将軍のような忠孝のある片腕が欲しかったんだと思われます。日本人には猿に「芸を仕込む」如く上手く手懐け、餌付けも成功して「芸を仕込」んでは荒稼ぎして成功を収めたのでしょうが、肝心の同胞に対しては芸を仕込む事が出来なかった文さんといえるとのではないでしょうか。

ちゃぬさんのコメントにも

文教祖は天皇に代わって、万世一系にもなりたいけどすでに息子は死に、分裂し、世界十二支派の願いも絶たれ、天皇に命をささげた乃木将軍のような忠臣は韓国人には皆無で、背信して横領しまくりだし(※そういうみ言葉もたくさんあります)、さらには日本の三種の神器が何が素晴らしいのか、そんなものは韓国に五万とあるとか・・・。み言葉読んでいて、なんか文教祖が哀れに感じるんですよ。韓国人として生まれてしまった「哀れ」を。

http://ameblo.jp/chanu1/entry-11530277693.html

とありますように、韓国人に忠臣は居なく最も重要なポストに就いた人たちが横領してお金を着服されてしまいます。

子供は麻薬、不倫、離婚、自殺と文さんの希望通りになりませんでした。文さんも時々はグチを言いたくもなると思います。その反動で食欲が多くなり太っていたのではないでしょうか?同様に文さんから影で文句を言われ、信徒には愚痴も言えない鶴子さん。ストレスで食欲に走ったともいえるのではないでしょうか?

日本人やら、アメリカ人等では芸を仕込むことができたのですが朝鮮人には芸を仕込めず飼犬に、飼猿に手を噛まれたといえるのではないでしょうか?

要は、身近な側近を忠臣に育てきれなかった文さんと言えると思います。

まあ〜、朝鮮人は反省するという事が無いですし、反省する行為がどのようなものかも理解できない民族ですから文さんも人には反省を求めても自ら反省することなどありえないのでしょう。

これは鶴子さんにも言えると思います。文さん、鶴子さんが反省してより良いものにしたいと心から願うならもっと違ったもの(社会的な意味において)に統一教会はなって言ったのではないでしょうか?

今さらですが(笑)

朝鮮人がトップに居る限り発展は望めず自滅しか無いと思います。

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posted by 田黒吾寛 at 18:05| Comment(0) | 真実の事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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