2015年08月25日

台風15号九州に上陸〜(´;ω;`)で

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8月25日午前5時台風が九州に上陸しました
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posted by 田黒吾寛 at 05:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月23日

【余命三年】日本の民度と国家間の優劣を考察。韓鶴子のメシア王国は原理講論に書かれていた!?

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余命三年の記事が時々消されています。

ネットユーザーに人気のあるこのサイトは今でも読まれています。

そこで今回、「日本の民度と国家間の優劣を考察。」を完全転載します。

是非読んでみて下さい。



日本人の民度と国家間の優劣を考察してみた

民度の定義。まあ国や人々相互の関係において人間として持つ常識とマナーを実践している度合いというところか。
この度合いの評価は、他国、他人によるものが一番客観的で正確であろう。その評価項目は国、
社会、個人レベルいくらでもあると思うが簡単に評価しようと思えば毎年いろいろなところで調査発表されている民度ランクをみればよいだろう。世界中どこの調査でも日本は第一位、まれに第二位という高ランクである。日本では、明治維新から欧米列強に追いつき追い越せ、それには欧米のよいところはすべて取り入れるという徹底した近代化が図られた。それを中国は猿まねをしていると馬鹿にしていたそうだが、そのときに軍事、制度、教育などの改革近代化とともに、国民の道徳、民度の向上も計られた。それから100年、今の日本を思うとき、当時の政治家と教育者の方々には心から敬意を表したい。(もちろん、戦後の政治家、教育者、特に日教組は除きます)
ここでは個々の事例には触れないが、民度の差に関してネットにはおもしろいブログがたくさんあるので興味のある方は参照されたい。
商社マン一郎は言う。「仕事で各国巡っているといつも自分が日本人でよかったと実感する。一見、中国人も韓国人も日本人も似ているので区別がつかない。しかし、駅、レストラン、営業先、どこでも日本人とわかると明らかに対応が変わる。海外旅行によくいかれる方は実感される機会が多いと思うが日本人はビザなし渡航できる国が実に多い。これは日本という国と、日本国民がともに信頼されているという証である。どこかの国とは雲泥の差。民度というものは国と国民が一体となって長い時間をかけて作り上げるものだ。日本人の民度にここ10年、20年で追いつける国は世界にあるだろうか。私は絶対にないと思う」
それはほとんどが最初から民度の向上が期待できない国家、つまり、征服、被征服関係の国家と人種差別、格差国家だからだ。たとえば中国。中国4000年の歴史などと言われるがそれは異民族同士の戦い、殺しあいの歴史で、近代になっても欧米からの蚕食、日清戦争の敗北、ロシアの圧迫、日中戦争へと人間性やマナーがどうのこうのといってる余裕などまったくなかった。戦勝国などと言ってもアメリカが勝っただけの話だ。
こういう国に民度が育つような素地は全くない。では韓国はどうだろう。この国は確認できる限りの資料では元、明、清の時代には朝鮮と蔑称され奴隷的属国であったという。
蔑称朝鮮とは汚れた人が住む国という意味だそうだ。なるほどこれでは朝鮮人と呼ばれたくはないわな。明が成立して約100年後世宗によって、いわゆるハングル文字が出てくるがそれまでは記録公用言語は漢字であった。よって当時の社会情勢の世俗的な部分で朝鮮に都合の悪い部分はすべて明の資料である。「朝鮮ではきんしんのまじわり多く、時々すばらしい美女が生まれる。これは北女と呼ばれ中国に献上された」なんてことまで記述されているという。(先日、韓国の新聞で、ここ数年の性犯罪の発生件数が8万件を超えるなんて報道されてました。今も昔もどこかの国は変わってないようですな)
朝鮮が日本によってはじめて属国の歴史から解放されたのは明治28年の日清講和条約であった。「清国ハ朝鮮国ノ完全無欠ナル独立自主ノ国タルコトヲ確認ス因テ右独立自主ヲ損害スヘキ朝鮮国ヨリ清国ニ対スル貢献典礼等ハ将来全ク之ヲ廃止スヘシ」しかし、その後に併合、独立、朝鮮戦争ときたら民度なんて話は縁がない。これだけ世界中からいじめられたら病気になるのも当然ですな。ちなみに、この病気のことを火病といいます。wikipediaによりますと「朝鮮民族特有の精神疾患と指摘されている病気。発症者は必ず脳の欠陥があるとも言われている。普段感情を抑えることのない朝鮮民族が怒りを抑制する事によって強いストレス性の障害を起こす疾患とされている。症状としては、胸が重苦しくなり、不眠症や拒食症・性機能障害などを併発する事が多い。朝鮮民族の場合、自分の問題を他人や社会のせいにし、極端な反応を示す例が多い。この為、各種の犯罪や社会的葛藤を引き起こす原因になりやすく、早急に対策を立てなければならない。火病の発症者は、他者への攻撃性とヒステリー性・強迫性が顕著である。韓国ではウラビョンともいう。若者の火病の初期症状として、強い怒りと共に八つ当たりの行動を伴う。アメリカ精神医学会において、1996年に文化依存症候群の一つとして登録された。治療については完治は不可能。治療法は完全には確立されていない。精神科・神経内科での投薬治療が一般的である。日本においては火病についての高度先進医療は研究されておらず、専門医・専門学会は存在しない」(朝鮮民族特有の精神疾患、完治は不可能とは....)
さて、国家や民族間の優劣というテーマに入ります。この問題は必ず近隣国、近隣民族間で起こります。これは紛争、戦争と密接に関係するためとても重要な分析要素です。A国B国に明らかな優劣関係がある場合には戦争になりません。この場合、劣る側は勝てるようにC国あるいは優位な国と連携を考えます。その優劣の正確な分析は勝敗に直結します。しかし、その分析となると経済上、軍事上、民族意識の問題など複雑な要素が入り交じり簡単ではありません。そこで問題を単純化しました。「日本とあの国どっちが上?」この形で主要国を分析してみます。まずロシア。ロシアの立場で自国が上とみる国、東欧諸国、中国、朝鮮。自身の方が下とみる国はなし。ところが不思議なことに逆からみると軍事上あれだけの歴史的関係にもかかわらず、東欧諸国、特にポーランドなどは遙かに我々の方が上だと思っているのです。これは東欧諸国皆同じです。つまり欧州民族はロシア民族を見下している、ヨーロッパ人はロシア人をヨーロッパ人と認めていないということです。中国も自分の方がロシアより上と思っています。かろうじて朝鮮が残りますかね。実際に、ロシアは超大国なんて威張っていても、心の中では帝政ロシアの時代から西欧には劣等意識を持っていたのです。それは今でも変わりません。G7で仲間はずれされたときは涙目でしたね。なりふり構わずお願いしてG8にしてもらいましたが...。 次は中国です。この国は世界中のどの国よりも自分の国が上だと思っていますが、東南アジア諸国は別として、ロシアもアメリカも逆に中国より自国の方が上と思っています。韓国もそう思っていますが、これは明らかに判定負けです。韓国は世界中で下とみられているのではないでしょうか。さてアメリカです。この国も自国が一番と思っています。かろうじてドイツが同等というところでしょうか。中国やロシアがいくらがんばってもアメリカが上です。最後に日本です。これは我が一族25人の意見を参考にしました。日本より上と思う国ゼロ。同じくらいと思う国1。残りは皆日本が上。さすがに驚きましたね。日ロ関係は決定的に日露戦争の勝利が双方に影響しています。日本は優越意識を持ち、ロシアは心中に劣等意識を持っています。ウラジオストックに行けばよく実感できます。終戦間際の日ソ不可侵条約一方的破棄、侵攻、北方領土占領、シベリヤ抑留と戦後今に続く歴史も彼らには負い目となっているだけです。日中は遙かに日本が上。なんと言っても、いい悪いはともかく中国は日本に勝ったことがないのです。今、結構がんばっているようですが所詮、弱い犬はよく吠えます。韓国は病気ですから放っておきましょう。ドイツが同じくらいの評価はわかりますね。さて最後になります。小生は「アメリカより日本の方が上」という意識が理解しがたかったのですが聞けばなるほどと納得できる理由がいくつもありました。「次にアメリカと戦争するときは絶対に負けない。絶対に勝つ」若い連中のすさまじい気迫には説得力がありますね。もし本当にそうなら日本が上。でも次の戦争は確実に双方全滅ですからやめましょう。アメリカ在住の真理と純子。真理はいいます。アメリカ建国時の原住民インディアンの虐殺、殲滅、奴隷制度、人種差別、どれをとっても歴史上の汚点で消去はできない。アメリカは正義、世界の警察官とはよくも言ったものだ。都市部はともかくローカルとなるとひどい差別が今でも日常だ。最近韓国人売春婦が大量に摘発された。通常、このような犯罪類では、摘発時白人には手錠をかけない。黒人やヒスパニックには手錠をかける。ところが韓国人売春婦には手錠だけでなく足鎖までかけ護送車まで延々とマスコミの前を歩かせた。この動画は世界中にネットで配信された。これを人種差別といわずなんというのだろう。確かに彼女たちは犯罪者ではあろうが奴隷ではない。こんな国より日本が下なんて考えられないと。(韓国は猛抗議と思ったが全く知らん振り。強いものには逆らわず。まずいことならほっかむりですか)そして純子。アメリカの女子学生はよく集まっては議論をしますが、まず自分の主義主張をまげません。押しつけ押し通そうとすることがままあるそうです。純子は頭にくるとこう言うそうです。それは伝統300年の発展国家の考え方、私は2000年の伝統を持つ古いエンペラーの国の人間だから一致は無理ねと。この一句は効くそうです。伝統とエンペラーという言葉がどうもキーワードのようだと語ります。少し寄り道してみましょう。アメリカではエンペラー=皇帝を指します。天皇もエンペラーです。天皇=皇帝とは、日本人にはだいぶ違和感がありますが同じ扱いです。政治的権威の序列は、皇帝=天皇>国王(女王)>大統領≧首相の順です。(皇帝が治めるか存在する国を帝国、国王か女王が治めるか存在する国を王国、国民に選任される大統領や首相の国を共和国といいます。20世紀には世界中に帝国がありましたが今は一つしかありません。ロシア帝国、ドイツ帝国、エチオピア帝国、大英帝国など全部消滅しています。皇帝を称するのは自由です。周囲の国家、民族が認めるかどうかの問題です。一応条件的なものとしては、皇帝の名称が他から与えられたものでないこと。他の帝国と同等、もしくは戦争において勝利していること。他の国家から支配されたことがないこと。(戦争の勝敗は関係ありません)複数の、民族、国家を統治していること。などがあげられます。統治が複数でない場合は国名に大をつけません。戦前の日本は文字通り大日本帝国だったのです。英国の場合は王国ですが、インドを植民地化した際、インドは帝国であったので皇帝を継承したということです。実際は強奪しただけの話ですね。それで大英帝国になりましたが、インドが独立したためまた元の王国になりました)国家の呼称は政治的権威が基本で、実際の政治体制によりませんので、一般的には国名の次に権威名か体制名を付記します。中華人民共和国、ロシア共和国、朝鮮人民共和国のようにです。アメリカ合衆国(共和国)大韓民国(共和国)とつけないばあいもあります。政治体制が国民による、つまり共和国でも国王がいれば英王国、スウェーデン王国、モナコ王国のように呼称されます。では日本はなんと呼ばれているのでしょうか。たぶんほとんどの日本人が驚くのではないかと思います。日本人は自国を普通は意識せず日本と呼んでいます。日本王国でもなく、日本共和国でもありません。実は、天皇の実在する国の世界での分類呼称はなんと日本帝国なのです。単一国家なので大がとれてただの帝国ですが、世界中で現存する唯一の帝国です。でも不思議な感じですね。中国がよく日帝がどうのこうのといってきます。日本人はほとんどが旧大日本帝国を指していると思っているのではないでしょうか。ところが実際は正確に今の日本帝国を指しているのです。また韓国は天皇のことを日王といいます。中国も日本も皇帝がいました。帝国でした。その両国に挟まれる韓国は王しかいませんでした。今、天皇=皇帝の呼称を認めることは国家間の優劣格付けを決定的にすることだと韓国は考えているのです。(いろいろ神経を使いすぎると病気にはよくありませんよ)最後にアメリカ。この国はこの関係の問題にはあまり触れたくないようですね。数十年前のあるアメリカ新聞社のアンケート。アメリカにない一番ほしいものは何ですか?答えは圧倒的。「王室」だったそうです。では、また。
http://yh649490005.xsrv.jp/public_html/2015/08/21/%EF%BC%95%E3%80%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%AE%E6%B0%91%E5%BA%A6%E3%81%A8%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E9%96%93%E3%81%AE%E5%84%AA%E5%8A%A3%E3%82%92%E8%80%83%E5%AF%9F/


如何でしょうか。

日本は世界に誇れる民族です。

病気の国とは違います。

病気の国の病人のカルトがまともなはずありません。

下手すると病気が移っちゃいますよ?

とだけ申し上げておきたいと思います。

反天連などが毎年8月15日に天皇要らないと言って叫びデモをするのは日本を世界一の国から貶めるためのデモなのです。

政治的権威の序列は、皇帝=天皇>国王(女王)>大統領≧首相の順です。(皇帝が治めるか存在する国を帝国、国王か女王が治めるか存在する国を王国、国民に選任される大統領や首相の国を共和国といいます。


とありますが原理講論には、はっきりとメシア王国と書いてあります。

メシア王国とはメシアの女王の国を目指していたと言う事だったのですね。

【そうして、このような真理に立脚した宗教によって、全人類が神の心情に帰一することにより、一つの理念を中心とした経済の基台の上で、創造理想を実現する政治社会がつくられるはずであるが、これがすなわち、共生共栄共義主義に立脚した、メシヤ王国なのである。 】


つまり、原理講論には既に、「韓鶴子が王様」になる=「メシア王国」になると言い切っていたのです。

原理講論は男子血統ではなく女性の王様を願って書かれた物だったのです。

これは実に驚くべきことであり、故文鮮明も吾知らず墓穴を掘っていたのです。

ちょっと笑えます。
posted by 田黒吾寛 at 09:47| Comment(0) | 日本目覚め | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月22日

【相関図付】故文鮮明と朴サムエルとその周辺の関係。

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文一族相関図2.png
文一族の相関図

金明姫 右.png

金明姫と崔淳花.png

私は統一教会の億万長者の創設者であり、通称「すべての人類の救い育っ宣言された「文鮮明文鮮明師の隠された息子(または最近の記事で説明したようには "ろくでなし")です。母催淳華チェ・スンファ氏はSoon W. Choiは、電源を備えた億万長者チェ氏一族の子孫であり、チェ氏一族は韓国で二番目に大きい保険会社であり、、世界で最も大きい金工建物であるソウルの63階建ての金本部のために広く知られているの生命会社の前の所有者でした。
[大韓生命、1946年に建てられ、現在はハンファ生命に知られている]

私は富と狂信と偽善に満ちた世界に生まれました。私の人生はお金、セックス、権力と陰謀に満ちた韓国ドラマとも思えました。私は権力がどのように堕落させるのか、絶対的な権力がどのように絶対に買収されるか、直接目撃してきました。


母のように、私もかつて私の父、文鮮明師が万人類の救い育つ信じるように訓練されてしまった。しかし、私の祖母が統一教会に連れて行った場合の母とは別の方法で、私はその中で生まれました。私は「改宗の経験」を経験したわけでもなく、家族と縁を切るか、昔の生活の方法を捨てなければしたことがありません。統一教会は、私の人生の方式であったが、しかし、私は自分が何か違うことを感じました。その「違い」は、私が12歳の頃、12歳後半または13歳前半頃に私のセンブモが、実際には、文鮮明師とSoon W. Choiということを知ったときに明らかになった。私の両親と兄弟姉妹と本来思っていた人(朴普熙パク・ポヒと彼の妻尹基淑ユンギスク、そしてその子供たち)は、私が生まれた時から私を育てて第本物親の正体を隠すように文鮮明師に命じられたのです。

母と文鮮明師との関係は、文鮮明師が17歳で母を強制的に犯し彼女の処女を奪った1953年から開始されました。その時点で[一時停止]私の父が言うには、私の母が彼の永遠の花嫁または統一教の用語では、「真の母」になる運命だったので、彼が彼女とセックスを結ばなければしていたのは、元に戻すために...統一教会用語がたくさん出てくるだろう、許してください。統一教会について説明ことがあればご存知だと思い、多くの方々がよく知っていること - このビデオを多くの統一教の信者が見るものであり、それらに役立つはずだから、私そんな用語を使うことを理解してください。私の父は母に言った - 実際に強姦したのです - 彼は大天使ルシファーが若いイブにしたことを元に戻すために彼女と性関係を持っんだろう。文鮮明牧師は聖書のイブが17歳の時、大天使ルシファーに誘惑遭い、これが聖書に描かれた、人類の堕落の本当の理由と教えよ。これ統一教会信者が理解する人類の堕落です。

まず、母の家族(チェさん家)が文鮮明師の初期の宗教運動の開始時から引き受けた中心的な役割を知らずには、私の父と統一教運動に私たちが関与した背景を理解することができません。

私の父が1953年に初めて私の祖母に会ったとき、祖母の名前だけでも彼女​​が彼には本当に重要な人になるということを知ることができました。彼女の名前はイドゥクサム李得三であり、文字通り解釈ザラザラ」の3つのを得る」という意味だが、韓国の基準でもかなり珍しい名前です。

チェさん家の富足場に、私の祖母は、1950年代と1960年代中いくつかの百万ドルを寄付するなど、初期統一教会運動の財政の主なスポンサーでした。実際、初期の統一教会でおばあちゃんが助けていない人が一人もいないだろうし、そのために彼女は統一教会内でそんなに愛される存在だったのです。今日ドルの価値に見ると、1950年代半ばの百万ドルは、今日の850万ドル程度の価値があります。 1950年代初頭、彼女の百万ドルのマンションを売って統一教会に寄付したことに加え、彼女は1973年に亡くなるまで、長年にわたって巨額を続けて寄付しました。

私の祖父、崔聖模チェソンモは彼の時代では、非常に成功した実業家でした。彼は26歳で自力で億万長者にされており(百万ドルが本当に意味があるの頃にね)全財産を得、また失うを三回繰り返したにもかかわらず、私のおばあちゃんが統一教会に入った1950年の初めにはすでに新東亜グループ(チェさん家所有の大企業)をすることができ億ドル規模の企業に育て生み出すほどした足場をよく拭いてました。私の祖父の事業が展開され、彼の影響力は、ソウル市の権力の回廊に達しなかった。彼は当時の大統領朴正熙朴正煕の個人的なお願いにワシントンDCでの米国との貿易交渉を主導するように何度も送られました。朴在任期間中、彼は大統領府とのホットラインと呼ばれたホットラインがあり、米国の経済諮問委員会と同様の団体の首長であり、経済政策において大統領に密接にアドバイスしました。


私の祖父は、精鋭企業集団を立て、税金納付額で見た時、サムスングループの創設者であり、彼の親友であるイ・ビョンチョルの後に続いて韓国で二番目に裕福な人がいます。韓国で最もお金が多く、この二つの人が昼食のために会ったら、事業ではなく、その家族や子供たちに述べたという点は全く皮肉ですね。いくつかの点では、このようなことが私の祖父がどんな人だったのか普通に表示されます。彼の成功と権力にもかかわらず、彼に最も重要だったのは、彼の子供たちと従業員の幸福でした。彼の内心は謙虚な高潔な人であったが、当時の最も道徳的な実業家としてみなされ、これは私の母と私が最もそれを自慢に思っているという事実である

家の地位を見たとき、私の父がチェさん家のサポートを受けることになぜ必死になっられる自明です。私の祖父のサポートに、権力の回廊[すなわち、青瓦台]と財源が彼の初期の運動に大きく開かれたわけになるでしょう。

私の父は私の母に何度もあるが、神は崔氏一族を介して、人類の歴史の全体を完成したいので望んでおらと言いました。彼は私の祖父が歴史の中で大天使の位置に対応し、私の両方の叔父(母の弟たち)が史上カインとアベルの位置に対応しており、私の母と彼女の姉(二人とも私の祖母が1953年統一教に入った直後統一教会に入る)が史上レアとラケルの位置に該当すると信じていた。


私の父は二親姉妹と結婚し、その姉妹と小間使いと十二人の息子を産みことで、聖書のヤコブの生活を見開かなければならないと信じていました。ヤコブのように、私の父は、まず姉(私の叔母)と1960年に結婚することに計画し、7年後、彼女と離婚した後、より若く、より個人の好み受ける姉妹、すぐに母と結婚することに決定しました。 1960年に至るまで、統一教会内のほとんどの人々は私の叔母と母の両方と結婚したい私の父の計画について知っていた、私の母を、将来の統一協会「真の母」として認めていました。私の父によると、彼の使命を達成するためなら、彼は聖書のヤコブが成し遂げたバーのテンプレートのためにチェさん家とのこの大きい関係を適切に結ばなければしました。

残念ながら、私の父の過度性欲のために、他の女性との意図していない妊娠ができアーバン出来た、私の父に向けた私の叔母の信仰は徐々に弱くなって、最終的に彼女は1959年後半の公式婚約後にすぐに統一教会を去ってました。このような話は、他の人がほとんど知らない部分です。このようなことは、彼らは当然の理由覆っうとした隠された歴史だが、これらのことは、教会が排斥すべきことであり、彼らは信徒たちに、1960年から教えてきたことと、絶対矛盾していることだからです。

私の叔母が破談した後、私の父は、急激に崩れ始めました。彼の使命に本当に重要だった、7年間、彼は作ってきた関係が、まさに蒸発してしまったのです。彼自身の責任を認めるより、彼は彼を失望させたと私の叔母と崔氏一族を非難しており、これは他人に責任を転嫁し、彼自身を除いた他のすべてを非難する文鮮明師の典型的な手法です。しかし、彼はジレンマに落ち、彼は「天の予定」を守って1960年の春、彼は40歳だったときに結婚していました。

典型的な、代替して取り出すこと女性や求める状況です。彼が現在文鮮明の夫人である、韓鶴子漢学者を妻にガンタエクした時まさにそのような状況だったのです。チェさんの家に泥棒たと感じたので、彼は自分の権威と望みの個人的な侮辱だと受け入れた私の叔母の裏切りだと思ったので、彼は最終的現在の夫人である漢学者を選ぶようになったのです。彼の新しい花嫁を捜すにおいて提示した唯一の基準は、女性が「その誰もないだろう」と親の許可が必要ない人がいました。 10代だった漢学者はスマートで勤勉で、外観が優れたが、彼女には残念ながら、彼女の母親は無知でバクジョンハン人でした。いろいろ、彼女は彼女の母親と、彼女の母親が統一教会に入る前のメイドにキッチンで働いていた性的宗教団体の集会に出席したりしていた既婚男性との間の私生児であったため、韓鶴子は彼女の環境の犠牲者でした。

ここでは、1960年に統一教信徒の一般的な信仰について理解する必要があります。当時統一教会信者は、私の父が漢学者と結婚した瞬間、天が開けてきた世界が奇跡的にひざまずいて彼の救助者であり、彼の妻が万人類の真の母であることを認めあろう実際に信じて思いました、通常狂信宗教集団で行われる魔法的な思考の症状です。しかし、現実には大きな失望だった。文鮮明夫妻の長男であるイェジンは当初は「空の王者」になると宣言されたが、最終的には娘でした。

信徒の増加は停滞していた教会は、財政的に厳しい状況でした。これ部と影響力が継続的に拡張されて栄えた私の祖父の時とは顕著対照的です。私の父は漢学者と結婚したのが間違いだった、パスを変えてチェ氏一族との当初の計画(または彼が "チェ氏一族の摂理"と呼んだ計画)に回帰すべきだという結論を出します。

本質的には、私の母はソウルにある私の父から離れて、漢学者に息つくスペースをくれることを望んでいたものです。 1960年漢学者が私の父と結婚した以後ずっと、教会内のすべての人々が韓鶴子が彼女自身のためのものではなかった位置を占めていることを知っていたので、漢学者と母は非常に不快関係だったことを知っておくべきです。これがまさに韓鶴子の母親が自分の娘が私の父と、できるだけ多くの人の息子を持つように権限理由で、息子を一人一人産むたびに私の父に向かって自分の娘の支配力がより堅くなると確信して知っていたからです。

彼は彼女がアメリカに行ってきた彼女を永遠失うことになる、これはチェさん家の財政への道も失うことはことを恐れていた。また、彼自身と統一教会を私の祖父の報復から守ってくれる唯一のことは私の母のその教会に向けた忠誠心と献身だったので、私の母を失うということは、彼に存在自体の危機だったようです。また、最も重要なことは、私の母と結婚し、彼女と子供を持つことによって、彼はヤコブの生活や、統一教の信者が通称話すヤコブのパスを模は仕事をなすわけであり、原理講論によると、これは彼におそらく最も重要なコマンドでした。

私の母が米国に到着した後、すぐに、私の父は1965年に彼女に沿って米国にすぐに来ました。

私の母は、米国の1964年に来た、私の父は1965年に来ました。彼は言ったでは彼は本質的に私の持つために、「すべてのものをかけた "[これは私の父が直接言葉です]としました。彼の唯一の目的は、米国に来て、私の母を妊娠させることでした。彼は彼女を失いたくなかったのです。彼女が妊娠したことを確認して取り組まなければ、彼は彼女のそばを離れました。

彼は1965年3ヶ月程度滞在しました。私は翌年の1966年1月に生まれた、それ以降は皆知っていることでしょう。

実際には、私の父が私を有することにより、チェ氏一族の摂理に戻り、という自分の意図を明確にしたので、私は生まれた頃文鮮明の現在の妻は彼女が退いて文鮮明の妻としての「真の母」としての地位を私の母に渡すという、私のおばあちゃんに話をしました。しかし、私の母の同情は、彼の漢学者を引き抜き、私の母が統一協会の用語で「真の母」としての彼女の正当な場所に立つだろうという計画を妨げることしました。私の母は韓鶴子の可能性を信じたいし、また、一人の女性として、彼女は漢学者と韓鶴子の若いあなたの子供を追い出すことができませんでした。

これは私が生まれた後、彼女は私を放棄しなければならなかった理由です。



【敬称略】

故文鮮明と韓鶴子、崔淳花、朴サムエル、崔淳実、崔先吉、崔聖模、李得三との関係がこの度如実に曝け出されました。

故文鮮明は、崔淳花がアメリカに逃避行しても崔一族のお金やら、実力を後ろ盾にするために朴サムエルの母親に近づいたと言う事なんですよね。

それほど、崔一族というのは権力と資産を持っていたと言う事なんですよね。

最初に結婚した、崔先吉のおじさんが崔聖模なんですよね。

そして、李得三、崔先吉、崔淳花、崔淳実と次ぎ次ぎにテゴメにしていったんですよね。

お得意の「理想相対に会いませんか?」「しっかりしなさい!!」

この言葉で次ぎ次ぎとだまくら化してきたのが故文鮮明なんですよね。

そして、韓鶴子は故文鮮明とある種の裏取引をしたのではないでしょうか?

それ故、故文鮮明には頭があがらず所謂尻に敷かれていた状態なのではないでしょうか?

なので、いま韓鶴子は二代目として君臨出来ているのではないでしょうか?

第一子が娘だったにもかかわらずです。

故文鮮明は、海外に逃亡した崔淳花を追っかけてまで妊娠させようとしたのです。

何故か?

全ては、崔一族の後ろ盾が欲しい為。

この朴サムエルも事実を語るだけで、統一教会の乗っ取りなどは考えて居ないとは思いますが、朴サムエルは、親子で、20億の損害賠償を訴えています。

この結果がどう転ぶかは分かりませんが、一日も早く結審しては統一教会に損害賠償を払わせるべきだと思います。

この支払いが端緒となって統一教会が崩壊するならば、それはそれで喜ばしい事ではないかと思います。



私の父の過度性欲のために、他の女性との意図していない妊娠ができアーバン出来た、私の父に向けた私の叔母の信仰は徐々に弱くなって、最終的に彼女は1959年後半の公式婚約後にすぐに統一教会を去ってました。

これって、崔先吉と離婚して2年後、崔淳花と公式婚約したってことなのでしょうか?

崔先吉と離婚が成立するのは、1957年1月8日

時系列でみると、

1955年6月24日 金明熙妊娠9ヶ月。故文鮮明(35)姦通罪を恐れて釜山港・長崎経由で日本に密入国させる
1955年8月17日 金明煕が日本で文教祖の息子の喜進出産
1957年崔先吉と離婚成立。
1959年後半崔淳花と公式婚約。
1959年婚約直後に崔淳花、故文鮮明の元から逃亡
1960年、韓鶴子と結婚。(僅か半年で韓鶴子に決定する。)故文鮮明(40)
1964年崔淳花、アメリカへ移住。
1965年故文鮮明(45)、崔淳花を追いかけてアメリカへ。三か月滞在。(崔淳花を妊娠させる為。)
1966年1月 崔淳花、朴サムエルを出産。

故文鮮明は、三カ月アメリカ滞在の時に妻の韓鶴子は妊娠中でした。そして気配りのハガキを送っているのです。

何と言う、用意周到なのでしょう。

これが事実ならば、独生女なんて真っ赤なウソってことですよね?

あわてて若い子、しかも世間を全く知らない、所謂幼な妻を故文鮮明は所望したって事なんでしょうね。

朝鮮では、伝説は後で作られるものなんですよね。

こんな怪しすぎるカルト統一教会に居る人は一度立ち止まって考えたが良いんじゃないでしょうか?

朝鮮人幹部をヌクヌク太らせる筋合いはないと思いますけどね。

とだけ申し上げておきたいと思います。

こうして見ると、故文鮮明は、崔一族には思い入れがあるようですが、喜進を産んだ金明姫には、故文鮮明は何の未練もなく、まさか「真の母」にしようとは微塵も思っていなかった事が良く解る話だと思います。

つまり、金明姫は単なる遊びだったって事なんですよね。

遊びで口で巧く言って、テゴメにして金明姫の留学やら大学なども全て喪失させ人生を狂わせたってことなんですよね。

この事実を統一教会信者はどう説明するんでしょうかね?




posted by 田黒吾寛 at 20:33| Comment(0) | 統一教会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月18日

【速報】文教祖の隠し子「朴サムエル氏」講演 ちゃぬさんブログを翻訳してみました。(機械訳)

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"お読みになっ方々がおられるかは分からないが、Mariah Blakeという記者が私について書いた記事があります。 「The New Republic」と「Mother Jones」誌に掲載されました。 [下記リンク参照]だから私と話していることが、新しいものではないことがありますが、その記事に載っていない新しい情報がまだ多く存在します。新しい情報もまた興味深い見ていただければいいですね。

このようなことが初めてなので - 私は本当に初心者なんですよ - 対処部分が多いため、事前に書いておいたことを読むのがいいと思いしたんです、そうしなくて、あなたのすべての時間を無駄にしている場合、[Donna Orme-Collinsを指し]この方が抱くはずはありません。 "

Donna: "右、それは嫌い。」

サミュエル:「ない、そうなることを望んではありません。 ... [一同笑]

このように私の話を始めたい願います。一度始めましょう。

00:48
私は統一教会の億万長者の創設者であり、通称「すべての人類の救い育っ宣言された「文鮮明文鮮明師の隠された息子(または最近の記事で説明したようには "ろくでなし")です。母催淳華チェ・スンファ氏はSoon W. Choiは、電源を備えた億万長者チェ氏一族の子孫であり、チェ氏一族は韓国で二番目に大きい保険会社であり、、世界で最も大きい金工建物であるソウルの63階建ての金本部のために広く知られているの生命会社の前の所有者でした。
[大韓生命、1946年に建てられ、現在はハンファ生命に知られている]

私は富と狂信と偽善に満ちた世界に生まれました。私の人生はお金、セックス、権力と陰謀に満ちた韓国ドラマとも思えました。私は権力がどのように堕落させるのか、絶対的な権力がどのように絶対に買収されるか、直接目撃してきました。私は地獄への長さ、たとえ目的のためには手段を選ばなくてもというマニアックな正義感によって後、間違っているこそすれ、どのように良い意図で包装されているかどうか見てきました。最後に、私は拒絶されたという心理と、私の誕生の状況についての秘密でなければならなかっ点、私の人生のほとんどにいる私の影の中で隠れて生きなければなら生活に作成ボリョトウムを知っています。

私はジョージ・ワシントン大学で歴史学専攻、哲学心理学副専攻として文学の学士号を取得し、東大では、金融の経営学修士を終了しました。過去10年間、私は私の父と統一教運動との1999年の機密協定の契約から始まった訴訟にいろいろな形で関与してきました。

03:33
母のように、私もかつて私の父、文鮮明師が万人類の救い育つ信じるように訓練されてしまった。しかし、私の祖母が統一教会に連れて行った場合の母とは別の方法で、私はその中で生まれました。私は「改宗の経験」を経験したわけでもなく、家族と縁を切るか、昔の生活の方法を捨てなければしたことがありません。統一教会は、私の人生の方式であったが、しかし、私は自分が何か違うことを感じました。その「違い」は、私が12歳の頃、12歳後半または13歳前半頃に私のセンブモが、実際には、文鮮明師とSoon W. Choiということを知ったときに明らかになった。私の両親と兄弟姉妹と本来思っていた人(朴普熙パク・ポヒと彼の妻尹基淑ユンギスク、そしてその子供たち)は、私が生まれた時から私を育てて第本物親の正体を隠すように文鮮明師に命じられたのです。私たちと統一教運動との訴訟の重点は、まさにこの強圧的な詐欺と私の父が母に約束しては守られていない多くの約束です。

04:48
母と文鮮明師との関係は、文鮮明師が17歳で母を強制的に犯し彼女の処女を奪った1953年から開始されました。その時点で[一時停止]私の父が言うには、私の母が彼の永遠の花嫁または統一教の用語では、「真の母」になる運命だったので、彼が彼女とセックスを結ばなければしていたのは、元に戻すために...統一教会用語がたくさん出てくるだろう、許してください。統一教会について説明ことがあればご存知だと思い、多くの方々がよく知っていること - このビデオを多くの統一教の信者が見るものであり、それらに役立つはずだから、私そんな用語を使うことを理解してください。私の父は母に言った - 実際に強姦したのです - 彼は大天使ルシファーが若いイブにしたことを元に戻すために彼女と性関係を持っんだろう。文鮮明牧師は聖書のイブが17歳の時、大天使ルシファーに誘惑遭い、これが聖書に描かれた、人類の堕落の本当の理由と教えよ。これ統一教会信者が理解する人類の堕落です。

まず、母の家族(チェさん家)が文鮮明師の初期の宗教運動の開始時から引き受けた中心的な役割を知らずには、私の父と統一教運動に私たちが関与した背景を理解することができません。統一教会信者もビシンジャにも、このチェさん家の "隠された歴史」の示唆は、注目していないことができない真の重要です。

私の父が1953年に初めて私の祖母に会ったとき、祖母の名前だけでも彼女​​が彼には本当に重要な人になるということを知ることができました。彼女の名前はイドゥクサム李得三であり、文字通り解釈ザラザラ」の3つのを得る」という意味だが、韓国の基準でもかなり珍しい名前です。しかし、統一教信者は、この名前が本当に重要なのですが、これはその名が創世記1章28節に記述されているように、生育し、繁栄し、ピジョギェを治める、この3つの祝福という原理講論(統一教会の信仰体系)の中心であるコマンドを表現するためです。

07:25
チェさん家の富足場に、私の祖母は、1950年代と1960年代中いくつかの百万ドルを寄付するなど、初期統一教会運動の財政の主なスポンサーでした。実際、初期の統一教会でおばあちゃんが助けていない人が一人もいないだろうし、そのために彼女は統一教会内でそんなに愛される存在だったのです。今日ドルの価値に見ると、1950年代半ばの百万ドルは、今日の850万ドル程度の価値があります。 1950年代初頭、彼女の百万ドルのマンションを売って統一教会に寄付したことに加え、彼女は1973年に亡くなるまで、長年にわたって巨額を続けて寄付しました。


私の祖父、崔聖模チェソンモは彼の時代では、非常に成功した実業家でした。彼は26歳で自力で億万長者にされており(百万ドルが本当に意味があるの頃にね)全財産を得、また失うを三回繰り返したにもかかわらず、私のおばあちゃんが統一教会に入った1950年の初めにはすでに新東亜グループ(チェさん家所有の大企業)をすることができ億ドル規模の企業に育て生み出すほどした足場をよく拭いてました。私の祖父の事業が展開され、彼の影響力は、ソウル市の権力の回廊に達しなかった。彼は当時の大統領朴正熙朴正煕の個人的なお願いにワシントンDCでの米国との貿易交渉を主導するように何度も送られました。朴在任期間中、彼は大統領府とのホットラインと呼ばれたホットラインがあり、米国の経済諮問委員会と同様の団体の首長であり、経済政策において大統領に密接にアドバイスしました。

私の祖父は、精鋭企業集団を立て、税金納付額で見た時、サムスングループの創設者であり、彼の親友であるイ・ビョンチョルの後に続いて韓国で二番目に裕福な人がいます。韓国で最もお金が多く、この二つの人が昼食のために会ったら、事業ではなく、その家族や子供たちに述べたという点は全く皮肉ですね。いくつかの点では、このようなことが私の祖父がどんな人だったのか普通に表示されます。彼の成功と権力にもかかわらず、彼に最も重要だったのは、彼の子供たちと従業員の幸福でした。彼の内心は謙虚な高潔な人であったが、当時の最も道徳的な実業家としてみなされ、これは私の母と私が最もそれを自慢に思っているという事実である - 特に当時韓国の腐敗の程度を勘案した時韓国人事業家としてですね、現在も腐敗した韓国スリップ。

家の地位を見たとき、私の父がチェさん家のサポートを受けることになぜ必死になっられる自明です。私の祖父のサポートに、権力の回廊[すなわち、青瓦台]と財源が彼の初期の運動に大きく開かれたわけになるでしょう。良いサポートをもとになら彼がどのよう高さ上がることができるか、予測が不可能なレベルイオトゲトんです。私の父には、チェ氏の一族と彼の救世の夢を叶えるための王冠の宝石のようでした。統一教会ビシンジャ者には、私は次の言葉がとんでもないだろうが、ここでも、理解してください、私の父は私の母に何度もあるが、神は崔氏一族を介して、人類の歴史の全体を完成したいので望んでおらと言いました。彼は私の祖父が歴史の中で大天使の位置に対応し、私の両方の叔父(母の弟たち)が史上カインとアベルの位置に対応しており、私の母と彼女の姉(二人とも私の祖母が1953年統一教に入った直後統一教会に入る)が史上レアとラケルの位置に該当すると信じていた。



私の父は二親姉妹と結婚し、その姉妹と小間使いと十二人の息子を産みことで、聖書のヤコブの生活を見開かなければならないと信じていました。ヤコブのように、私の父は、まず姉(私の叔母)と1960年に結婚することに計画し、7年後、彼女と離婚した後、より若く、より個人の好み受ける姉妹、すぐに母と結婚することに決定しました。 1960年に至るまで、統一教会内のほとんどの人々は私の叔母と母の両方と結婚したい私の父の計画について知っていた、私の母を、将来の統一協会「真の母」として認めていました。私の父によると、彼の使命を達成するためなら、彼は聖書のヤコブが成し遂げたバーのテンプレートのためにチェさん家とのこの大きい関係を適切に結ばなければしました。

13:00
残念ながら、私の父の過度性欲のために、他の女性との意図していない妊娠ができアーバン出来た、私の父に向けた私の叔母の信仰は徐々に弱くなって、最終的に彼女は1959年後半の公式婚約後にすぐに統一教会を去ってました。このような話は、他の人がほとんど知らない部分です。このようなことは、彼らは当然の理由覆っうとした隠された歴史だが、これらのことは、教会が排斥すべきことであり、彼らは信徒たちに、1960年から教えてきたことと、絶対矛盾していることだからです。私の叔母が破談した後、私の父は、急激に崩れ始めました。彼の使命に本当に重要だった、7年間、彼は作ってきた関係が、まさに蒸発してしまったのです。彼自身の責任を認めるより、彼は彼を失望させたと私の叔母と崔氏一族を非難しており、これは他人に責任を転嫁し、彼自身を除いた他のすべてを非難する文鮮明師の典型的な手法です。しかし、彼はジレンマに落ち、彼は「天の予定」を守って1960年の春、彼は40歳だったときに結婚していました。統一教会信徒たちは数40が大きい宇宙の重要性を持つと信じて、彼は短い時間で花嫁を見つける必要がありました、ほぼ4ヶ月でね。

典型的な、代替して取り出すこと女性や求める状況です。彼が現在文鮮明の夫人である、韓鶴子漢学者を妻にガンタエクした時まさにそのような状況だったのです。チェさんの家に泥棒たと感じたので、彼は自分の権威と望みの個人的な侮辱だと受け入れた私の叔母の裏切りだと思ったので、彼は最終的現在の夫人である漢学者を選ぶようになったのです。彼の新しい花嫁を捜すにおいて提示した唯一の基準は、女性が「その誰もないだろう」と親の許可が必要ない人がいました。 10代だった漢学者はスマートで勤勉で、外観が優れたが、彼女には残念ながら、彼女の母親は無知でバクジョンハン人でした。いろいろ、彼女は彼女の母親と、彼女の母親が統一教会に入る前のメイドにキッチンで働いていた性的宗教団体の集会に出席したりしていた既婚男性との間の私生児であったため、韓鶴子は彼女の環境の犠牲者でした。漢学者の生父が彼女を彼の娘思わなかったので、親の許可とは全く問題がありませんでした。

15:56
1964年に急速に進み、、私の父と彼の世界支配と途方もない計画はよく流れていません。救助者である私の父と彼の完璧な花嫁韓鶴子の1960年婚姻があった後、世界はこれをほぼわかってくれませんでした。ここでは、1960年に統一教信徒の一般的な信仰について理解する必要があります。当時統一教会信者は、私の父が漢学者と結婚した瞬間、天が開けてきた世界が奇跡的にひざまずいて彼の救助者であり、彼の妻が万人類の真の母であることを認めあろう実際に信じて思いました、通常狂信宗教集団で行われる魔法的な思考の症状です。しかし、現実には大きな失望だった。文鮮明夫妻の長男であるイェジンは当初は「空の王者」になると宣言されたが、最終的には娘でした。第三のなった彼女は生まれてすぐにすぐに死亡した。信徒の増加は停滞していた教会は、財政的に厳しい状況でした。これ部と影響力が継続的に拡張されて栄えた私の祖父の時とは顕著対照的です。私の父は漢学者と結婚したのが間違いだった、パスを変えてチェ氏一族との当初の計画(または彼が "チェ氏一族の摂理"と呼んだ計画)に回帰すべきだという結論を出します。

1964年春、ジョージタウン大学で卒業研究をするために米国に行くことにした私の母の決定は、私の父が自分の計画を実行にしました。本質的には、私の母はソウルにある私の父から離れて、漢学者に息つくスペースをくれることを望んでいたものです。 1960年漢学者が私の父と結婚した以後ずっと、教会内のすべての人々が韓鶴子が彼女自身のためのものではなかった位置を占めていることを知っていたので、漢学者と母は非常に不快関係だったことを知っておくべきです。これがまさに韓鶴子の母親が自分の娘が私の父と、できるだけ多くの人の息子を持つように権限理由で、息子を一人一人産むたびに私の父に向かって自分の娘の支配力がより堅くなると確信して知っていたからです。

18:29
それにもかかわらず、私の父は心を取ったし、彼の計画を確実にして母を失わないために、1964年のソウル青坡洞教会の本部で統一教会かプライベート意識で母と結婚をします。私の父には何がかかっていたかどうかを知っておくべきです。彼は彼女がアメリカに行ってきた彼女を永遠失うことになる、これはチェさん家の財政への道も失うことはことを恐れていた。また、彼自身と統一教会を私の祖父の報復から守ってくれる唯一のことは私の母のその教会に向けた忠誠心と献身だったので、私の母を失うということは、彼に存在自体の危機だったようです。また、最も重要なことは、私の母と結婚し、彼女と子供を持つことによって、彼はヤコブの生活や、統一教の信者が通称話すヤコブのパスを模は仕事をなすわけであり、原理講論によると、これは彼におそらく最も重要なコマンドでした。原理講論は、当時以来変わっており、今日の原理講論は、初期のそれと比較して大きく異なります。彼らは現在文鮮明師が現在の妻と結婚した後に起こった事実関係に合わせるために原理講論を手見なければならいました。

私の母が米国に到着した後、すぐに、私の父は1965年に彼女に沿って米国にすぐに来ました。私の母は、米国の1964年に来た、私の父は1965年に来ました。彼は言ったでは彼は本質的に私の持つために、「すべてのものをかけた "[これは私の父が直接言葉です]としました。彼の唯一の目的は、米国に来て、私の母を妊娠させることでした。彼は彼女を失いたくなかったのです。彼女が妊娠したことを確認して取り組まなければ、彼は彼女のそばを離れました。彼は1965年3ヶ月程度滞在しました。私は翌年の1966年1月に生まれた、それ以降は皆知っていることでしょう。実際には、私の父が私を有することにより、チェ氏一族の摂理に戻り、という自分の意図を明確にしたので、私は生まれた頃文鮮明の現在の妻は彼女が退いて文鮮明の妻としての「真の母」としての地位を私の母に渡すという、私のおばあちゃんに話をしました。しかし、私の母の同情は、彼の漢学者を引き抜き、私の母が統一協会の用語で「真の母」としての彼女の正当な場所に立つだろうという計画を妨げることしました。私の母は韓鶴子の可能性を信じたいし、また、一人の女性として、彼女は漢学者と韓鶴子の若いあなたの子供を追い出すことができませんでした。

これは私が生まれた後、彼女は私を放棄しなければならなかった理由です。彼女はこれを知っていました。今振り返ってみると、もし母が今知っていることをその時知っていたら、彼女は完全に異なるアプローチを取ったものです。私生まれた後、私の父は私の母と子供をより持つことを望んだが、彼女は私の祖父と世の人々からの秘密を守るために、自分の子供たちを奪われ、他の家族に育てられるよう放棄しなければならないという悲しみをこれ以上耐えることができなかったので、減少している。

21:35
私が今までに説明しものが統一教の本当の隠された歴史です。私は、歴史の記録を正すためには、教壇に立つまでに長い時間がかかったが、私は私がこれ以上このような秘密を背負わなくてよいので、このような日​​が、最終的に来たということにホッとしています。統一教会に与える影響と、文鮮明牧師の妻の「真の母」としての正当性と、原理講論に基づくその子孫の「真の子女」あるいは赤字の相続人たちとしての正当性などを考えると、なぜ統一教会運動が、これらの情報を非表示にしたのか、そしてなぜこの秘密を守るために極端な法的手段も選ばなかったれる自明です。私の母が統一教会の公正な「真の母」であることを主張するのは、文鮮明師の妻自身が1966年、1967年の時間帯ごろ彼女自身の位置を母に渡す準備ができたときにはすでにそうだったので、全然難しくない日です。しかし、アブに満ちた巨大な富と特権と絶対的な権力の世界に包まれたまま、時間の経過に、韓鶴子は彼女の若い的良心を失ったことを簡単に知ることができます。彼女の母親に育てられた彼女の子供の頃の悲惨な現実を加えると、韓鶴子が自分の子供を育てることにあり、適切な技術を備えていなかったことは自明で、その子供たちは、今日ほとんど彼女を非難します。

私の誕生の背景と視点を見たならば、私統一教会運動の「公正な相続人」という主張をすることは本当に簡単です。漢学者がもし統一教会運動の予定された真の母だったら、なぜ私の父が、その「神聖神聖な "結婚で歩いて出て私を持ってますか?そして、なぜ当時の私の母に彼が私を得るために、「すべてのものをかけた」と言ったでしょうか。まあ、私が見るには、このような状況は、私は非常に重要な宇宙的な人になるようにすることなんです、もちろん統一教会論理上ですね、そしてすぐに私の半兄弟姉妹たちが私を嫌いか、私には関心を持たない理由の一つであるになります。ムンさん家の暴力の範囲と、親から受け継いだ彼らの自己陶酔証跡人格障害と、妄想的な絶対観念(例えば、彼らは特別な、従って信徒や他の人をむやみにについてもという信仰)からだから、ジョヤ大丈夫です。この方法の考えと行動が私は彼らと共有していない部分です。

23:58
さて、ちょうど誤解ではありませないでください。私は次期救助者あるいはそのような類のものになるためにキャンペーンを展開していることがありません、なぜなら率直に言って私は関心もなく、他の人に損害を与えながら、自分自身が特別であるか、優れていると感じるようにする必要性に駆られた人ではないからね。

Donna: "何そればかりそうすると思います。" [笑い] ...

サミュエル:「本当にですよ! ...私は私の限界についてジドクヒドよく知っていて、その誰も神に近づくためにジョラン存在が必要であると考えなんてしない程度に十分にスマートです。神が求めているものなのかについては、「特別な」あるいは本当の洞察力を持っていると信じられないと主張することは、完全に自己陶酔に陥る破滅に至る道です。

母と私はほとんどの人々が理解するのは難しいほどの特異生活を生きてきました。私たちには、私たちの生活、私たちが知っている唯一の生活であり、だから比較さえないのですが、しかし、今、その外中を覗き見たとき、私は今では異色であることを感謝して考えています。それにもかかわらず、回復するための私達の旅は長く厳しい戦いであり、この部屋の中にある多くの方々のように、愛する人の支援と、本当に理解すらできない、その恵みと愛の普遍的な存在なしに成し遂げることができませんでした。私たちの言葉や私たちの姿が平凡に見えるかもしれないが、我々は我々の存在に永遠に刻まれた傷を持っています。

私の好きな​​引用は、Khalil Gibranのが言葉:「君という存在に刻まれた悲しみの深さが深いほど、あなたはより多くの喜びを入れることができる。 "

26:18
私たちは運がいいと思いますよ、なぜなら、私達が多くの事を経験したが、それほど多くを入れることができるからです。それは、すべての経験から得られた祝福です。そしてICSAに来たのは本当に驚くべきことでした。ここで多くのSGAの[2歳の成人の]があり、多くの学者がいて、多くの一般的な性があります。私に前に進むことにあり、非常に強く、ゴム的なサインになりました。希望というものがあり、人々が回復し、彼らの経験から癒される方法があります。ありがとうございます。すべてありがとうございます。 [拍手喝采。]

私の母は17歳で私の父から受けた性的搾取を耐えて、私の父とその人のために当局に逮捕され尋問遭い、私の父とすぐにその人をサポートするために億万ドルの遺産を放棄し、密か息子を持っており、私の父とすぐにその人のために自分の息子を強制的に放棄しなければしており、そして、過去5年間、私の父と統一教運動が私たちに与えなければならない金額を執行するための訴訟をしてきたので、他の多くの統一教会の信徒たちのように、私たちは、差し押さえと破産寸前の状況に住んでいます。

私としては、彼から認められるの長い望んでいるきましたが、今は彼が彼の自己陶酔に陥って感情的に私のためにいてくれなかったことを今知っています。僕は、自分の息子を持ちながら、私の息子なく生きていくことはおろか、私の息子を捨てることは思いもすることができないので、私は私の父の人生の選択がどのように悲劇的なのか今知ることができます。私の父は、本当に残念で悲劇的な人間です。そしてそれに対する結論はまさにこれです:人は救助者または、全人類の真の父と自ら主張し、自分の実の息子に父になってくれなければなりません。これは究極の偽善です。 [拍手]

既に述べたように、過去5年間、私の母と私は、私の父と統一教運動が私たちに借りている部分の訴訟に巻き込まれてきました。あなたが知って、2万ドル(私たちの法的請求価値)は、だれにも大きなお金はあるが、日本で宗教的な恐喝のために強制的に奪われたお金を返還あるいは取り戻すために、統一協会を香ばしい人のように、私たちは私の祖母と崔氏一族この1953年から開始し、20年以上統一教会に寄付した数百万ドル、再度申し上げますが、今日のドルの価値には、2千万ドルを簡単に渡すだけの価値のようなお金について、原則として、私たちは、同じスーツをすると思いんで​​す、だから、実際に統一教会の運動は非常に大きな割引を受けることです。再度申し上げますが、結論はこれです:私の祖母と母は今、統一教運動がされてしまったその何かに志願したところはありません。彼らは個人の人格の狂信団体に志願したところはなく、信徒を霊的に財政的に奴隷三、特に日本では、大多数の貧困者にすることに志願したところはなく、ムンさん家が住んでいるアブに満ちた保護膜を行って維持する韓国中心の支配エリート層を作成するためにに志願したところはありません。

もし統一教会が生存可能で、正当な団体になりたい場合、統一教は、その名の「統一」という部分に回帰する必要があります。信徒たちの半数以上が食事を引き継ぐことができない中でムンさん家が海外の銀行口座に数億のお金を積んでおくデエヌン、貪欲と腐敗以外の理由がありません。いわゆる、慈善は私の自宅から開始するものであり、今こそ統一教運動が一つの世界の家族を作成するというその設立コマンドを言葉だけで話をするのではなく、実際にお応えなければならないポイントです。私たちが今日そう出て望んだのは、他の人が統一教会の力を再取り戻すことができる容器を持つように促し、残念ながら統一教運動がされてしまったのが嘘に参加することを止めるためです。


私の話​​をすべて聞いてくださって本当にありがとうございます。 [拍手]


31:48
Donnaに発言権を与える前に、私は言いたいかがありますが、人々は私がこのように前に出るまでなぜそんなに長い時間がかかったか疑問です。なぜ私洪蘭淑ホンナンスクとDonnaのために前に出なかったのかね。理由はシンプルなのに、私の素朴なて抜けたせいです。当時、私は私の父とどのような和解を望んでいました。教会の仕事を離れて、最終的には彼は私の実父であり、私は息子として、彼は良い人だと本当に信じてたかった、彼節心配だろうと、気を少しでも書くと信じたかったのです。最終的にはあきらめ一番難しい部分でした。特に訴訟中、相手が訴訟の価値よりも多くの金額を弁護士費用に消費するのを​​見て経験し、これらの人々の本性について本当に多くのことを感じています。血縁をこのように接すること、特に母が監修した犠牲をね。それは私を本当に大きく変えておいた、いくつかの時間経過するまでは、このようなものに苦しまなかったので、時間遅延がありました。しかし、それは私の求心点が変わった時点スリップ。これは私が今日立っているこの場所来るまでそんなに長い時間がかかった理由です。しかし、少なくとも私は今日ここに来て、それが最も重要なものです。すべてありがとうございます。」[拍手]
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posted by 田黒吾寛 at 20:58| Comment(2) | 統一教会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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posted by 田黒吾寛 at 20:50| Comment(0) | 韓国・朝鮮人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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